
最近、「医薬品」という言葉が、これまであまり結びつかなかった別の言葉と一緒に語られるようになってきました。「国家安全保障」です。米国は医薬品に関税をかけ、特定の中国企業との取引を制限する法律を制定。日本は抗菌薬を「特定重要物資」に指定しました。まるで軍事装備品や化石燃料のような扱いです。
こうした光景には既視感があります。半導体です。ほんの数年前まで、半導体は1つの「部品」にすぎませんでした。ところが、AIをはじめとするデジタルテクノロジーの進展と米中対立を背景に、国家の命運を握る戦略物資へと一変。各国が巨費を投じて生産拠点の誘致や自国産業の育成を競うようになりました。
今、医薬品に起きているのは、これとよく似た変化です。医薬品は第二の半導体になりつつある――。そのように捉えると、足元で起こっている変化を理解しやすいでしょう。
なぜ「薬」が戦略物資になったのか
なぜ医薬品は戦略物資になったのか。理由は大きく2つあります。
1つは、供給の途絶が人の命や健康に直結することです。新型コロナウイルス感染症のパンデミックでは、私たちはマスクや薬が手に入らない不安を経験し、ワクチンや抗ウイルス薬の開発動向をやきもきしながら見守りました。
もう1つが中国の台頭です。中国が「安価な製造拠点」から「新薬を生み出す国」へと変わり始めたことで、薬をどこで安く作るかという話が、新薬開発の主導権をどこが握るかという「覇権」の話へと広がってきています。
ですから、論点は従来よく語られてきた「原薬の中国依存」にとどまりません。関税、工場の立地、製造の受託、研究データ、研究者の人材など、多岐に渡る論点が一気に噴き出しています。
問われる「攻め」と「守り」の両立
この地殻変動を日本の製薬産業の立場から捉え直すと、問われていることは大きく2つに整理できます。
1つは「攻め」、すなわち創薬の主導権をめぐる競争にどう食い込むか。中国発の有望な新薬を取り込みつつ自ら生み出す力を育て、米国の関税や薬価引き下げの圧力に耐える事業構造を構築し、製造やデータの基盤と研究人材を確保していくか、という問いです。
もう1つは「守り」。日々使う汎用薬の供給をいかに途絶えさせないか。原薬の特定国依存を減らし、細ってしまった後発医薬品の産業基盤を立て直し、抗菌薬のような必須薬を国産で確保できるようにするか、という問いです。
この2つの問いは、どちらか一方にだけ対応すればいいというものではありません。攻めと守りは両輪であり、互いを補強します。攻めで培った創薬の力が供給の厚みを生み、守りで築いた製造基盤が次の攻めの土台になる。米中対立のなかで日本に問われているのは、「米中のどちらにつくか」ではなく、攻めと守りの両方に投資して自ら強くなれるかどうかです。

| 増井慶太(ますい・けいた)ロンジェビティ特化型VC(ベンチャーキャピタル)ASAGI Labs Ventures合同会社Managing Partner、BAIOX株式会社CEO、インダストリアルドライブ合同会社CEO。ヘルスケアやライフサイエンス領域の投資運営、M&A仲介、カンパニー・クリエーション、事業運営に従事。東京大教養学部卒業後、米系経営戦略コンサルティング企業、欧州製薬企業などを経て現職。 X:@keita_masui LinkedIn:https://www.linkedin.com/in/keita-masui/ ウェブサイト:https://alv.vc/ |
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