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原料・原薬、調達先一極集中のリスク【薬の地政学 #6】

更新日

増井慶太

ここまでは主に米中間の創薬をめぐる覇権争いを見てきましたが、もう1つ重要な論点となるのが私たちが日々使用する汎用薬の安定供給です。

 

川上ほど高い中国依存

医薬品は、化学品の長いリレーを経て作られます。医薬品の中には効き目のもとになる原薬が入っています。原薬は「出発物質」と呼ばれる化学原料を、中間体、粗原薬と段階的に加工して作られ、原薬に添加剤などを加えて製剤化されたものが医薬品として私たちの手元に届きます。

 

このリレーの走者たちは、いまや世界中に散らばっています。厚生労働省の調査(2025年3月公表)によると、国内で販売されている後発医薬品の原薬の海外調達比率は金額ベースで約71%、品目数ベースで約64%。国内で全工程を製造している品目はごく一部にすぎません。

 

調達先の内訳を見ると、輸入した原薬をそのまま使う品目では、調達額トップは中国(約22%)ですが、イタリア、インド、韓国と続き、一見それなりに分散しているように見えます。ところが、粗原薬・粗製品を輸入して国内で精製・加工する品目では、調達額の7割を中国が占めます。リレーの前半、つまり川上の工程ほど中国への依存が際立ちます。

 

 

地球の裏側の工場トラブルが日本の手術を止める

これは日本だけの現象ではありません。米国でも、数量ベースで見れば中国産原薬は処方薬の8%程度とされる一方、米国薬局方(USP)の分析によると、米国で承認されている医薬品の37%で、中国が重要出発物質の「唯一の供給国」になっています。代替の調達先は世界中のどこにも存在しないということです。ペニシリン系抗菌薬アモキシシリンに至っては、合成に必要な4つの出発物質のほぼ全量が中国産とされます。

 

こうした構造の危うさを、日本は2019年に身をもって経験しました。手術後の感染予防に欠かせない抗菌薬セファゾリンの供給が、約9カ月にわたって停止したのです。

 

原因は、海外の原薬製造所のトラブルと出発物質の調達難が重なったことでした。当時、国内シェアの約6割を握っていたメーカーが原薬調達先としていたイタリアの工場で異物混入が起き、製造を停止。ほぼ同じ時期に、その出発物質を作っていた中国の工場が環境規制強化の影響で操業を止めました。代わりの調達先はすぐには見つからず、日本中の病院が、ありふれた抗菌薬を確保するために奔走し、手術の延期や中止を余儀なくされました。長いリレーの走者が1人欠けるだけで、遠く離れた地球の裏側の工場が1つ工場が止まるだけで、供給全体が止まってしまう。そうした弱点は「単一障害点」と呼ばれます。

 

しかも、リスクは供給が止まることだけではありません。品質面のリスクも、同じように国境を越えて波及します。2008年には、抗凝固薬ヘパリンで中国の原料工場に由来する汚染物質の混入が発覚し、米国を中心に多数の健康被害が出ました。調達の集中はリスクの集中でもあるのです。

 

「とにかく安く」の副作用

注意したいのは、この足元のリスクは米中の覇権争いとは性質が異なることです。特定の誰かの思惑の産物というよりは、長年にわたって皆が「とにかく安く作る」を続けた最適化の副作用と言えるでしょう。悪意や対立がなくても危機は起きるのです。だからこそ、対策の第一歩は、自社・自国の薬が、どの国のどの工場に、出発物質まで遡ってどれだけ依存しているのかを「見える化」することにあります。見えない依存には備えようがありません。

 

抗菌薬をめぐっては、2022年に国が「特定重要物資」に指定して国産化を後押ししており、MeijiSeikaファルマがペニシリンの出発原料を約30年ぶりに国内で作り始めました。2030年には純国産の供給を目指しています。国産化にはコストがかかりますが、投資を惜しむべきではありません。医薬品産業をめぐる大きな地政学的変動のなかで、日本が自ら強くなれるかどうかの分かれ目の1つです。供給が途絶えないことの価値を薬価などの制度で下支えする発想も要ります。

 

ただし、これは国内に閉じこもる保護主義とは違います。製薬という産業がグローバルに広がる産業である以上、閉じるだけでは成り立ちません。国内で守るべき基盤は守りつつ、一方で開くべきところは大胆に開いて外とつながる。そうして強くなっていくことが、日本の製薬産業の取るべき道だと考えます。

 

増井慶太(ますい・けいた)ロンジェビティ特化型VC(ベンチャーキャピタル)ASAGI Labs Ventures合同会社Managing Partner、BAIOX株式会社CEO、インダストリアルドライブ合同会社CEO。ヘルスケアやライフサイエンス領域の投資運営、M&A仲介、カンパニー・クリエーション、事業運営に従事。東京大教養学部卒業後、米系経営戦略コンサルティング企業、欧州製薬企業などを経て現職。
X:@keita_masui
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