
7月のコラムでは、クローンマウスを20年かけて58世代まで再クローニングし続けた研究を取り上げ、生命が生命であり続けるために必要なことを考えました。8月は老化への介入やロンジェビティに関する研究開発を手がかりに、人が生きられる時間そのものが変わると社会にどんな変化をもたらすのかということに思考を巡らせました。
そんなことを考えていると、また1つ気になることが出てきました。生命の内側、長い時間を生きられるようになっていく人間の内面に対しては、どんなことが起こっているのかということです。
7月の新聞でこんな記事を目にして、「ここまで来たか」と驚きました。
AIで脳内のイメージを取り出す 頭の中に流れる音楽を復元(日本経済新聞、2026年7月26日)
記事で紹介されていたのは、人が音楽を聴いているときの脳活動をfMRIで測定し、グーグルの音楽生成AI「MusicLM」を使って聴いていた音楽を復元する研究です。研究チームが研究内容を紹介しているウェブページ(https://google-research.github.io/seanet/brain2music/)では、復元した音楽を実際に聴くことができます。
脳活動をもとに生成された音楽は、元の楽曲のメロディや歌詞をそのまま再現したものではありません。それでも、女性ボーカルが歌うポップスであれば生成された曲も女性ボーカルのポップスになるなど、ジャンルや雰囲気は似ていました。
脳活動から生成された音楽は、楽曲そのものというより、人がその音楽から受け取ったイメージの輪郭なのかもしれないと感じます。
興味深いのは、脳活動から音楽を復元できたことだけではありません。研究では、人が音楽を聴いているときの脳活動と、同じ音楽をAIが処理するときの内部表現に高い対応関係があることも示されました。AIそのものが、人間を理解するための手がかりになり始めているように感じます。
AIを通して脳の中を知る
ただ、この研究から「AIを使えば人の内面を知ることができるようになった」と考えるのは早合点でしょう。脳活動から音楽のジャンルや雰囲気を再現できたとしても、その曲を聞いてどんな感情を抱いたのか、どんな記憶が呼び起されたのか、本人にとってどんな意味を持つのか、といったことまでは分かりません。
考えてみれば、人が何かを感じる背景には、それまでに見たり聞いたりしたこと、嬉しかったことや悲しかったこと、好きなものや嫌いなものなど、膨大な経験があります。それらが脳内で本人にも言語化できないような形でつながり、目の前の出来事に対する評価や感情を生み出しているのでしょう。
人の内面は他人からするとブラックボックスですが、本人にとっても一部はブラックボックスなのかもしれません。私自身、ある曲を聞いてさみしく感じることがあるのに、その理由を自分で説明できないことがあります。
脳活動を読み解く技術がさらにすすめば、そうしたことも説明できるようになるのでしょうか。その人の記憶、環状、価値観やそれらの結びつきまで記述できるようになるのなら、精神活動をバーチャルな空間に再現することもできるようになるのでしょうか。
AIによって脳というブラックボックスの中が見えてくれば、人への理解は大きく進むのでしょう。一方で、その先を考えると、少し怖さも感じます。人の内面はどこまでつまびらかにすることができるのか。つまびらかにできたとして、それはその人を理解したことになるのか。そんな問いが頭の中をぐるぐると回っています。
※コラムの内容は個人の見解であり、所属企業を代表するものではありません。
| 黒坂宗久(くろさか・むねひさ)Ph.D.。アステラス製薬アドボカシー部所属。免疫学の分野で博士号を取得後、約10年間研究に従事(米国立がん研究所、産業技術総合研究所、国内製薬企業)した後、 Clarivate AnalyticsとEvaluateで約10年間、主に製薬企業に対して戦略策定や事業性評価に必要なビジネス分析(マーケット情報、売上予測、NPV、成功確率、開発コストなど)を提供。2023年6月から現職でアドボカシー活動に携わる。SNSなどでも積極的に発信を行っている。 X:@munehisa_k note:https://note.com/kurosakalibrary LinkedIn:https://www.linkedin.com/in/mkurosaka/ |
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