
先月のコラムでは、クローンマウスを20年かけて58世代まで再クローニングし続けた研究について書きました。その研究は、単にコピーを繰り返すだけでは生命は続かないことを明らかにしたもので、生命が生命であり続けるために必要なものは何かということを考えさせられました。
研究に関する記事を読んで私が考えたことについては、一旦、コラムで吐き出してはみたものの、その後も「生命とは何か」という問いが頭の中をぐるぐると回り続けています。そんな折、AnswersNewsの連載「ロンジェビティと創薬の話」をあらためて読み、また少し違った方向へと思考が引っ張られました。
ロンジェビティは、老化を理解し、その進行に介入することで健康寿命の延伸を目指す研究領域です。エピジェネティック・リプログラミング、セノリティクス、mTORやAMPKへの介入、AIを活用した創薬など、これまで別々に進んできた研究が「老化」という共通のテーマのもとに集まり始めています。
科学として非常に興味深い分野ですが、私が気になったのは技術そのものではありません。もし、老化に介入する医薬品が実用化されたとしたら、それは社会にどんな変化をもたらすのだろうかということです。
当たり前のものとして受け入れてきた「人生の時間割」
創薬の歴史を振り返ると、多くの医薬品は病気を治療するために開発されてきました。感染症を治療する薬、がんを治療する薬、自己免疫疾患を治療する薬…。それらは「病気」という例外的な状態を改善し、本来の健康な状態に近付ける(あるいは戻す)ことを目的としています。
しかし、老化は違います。老化は特定の人にだけ起こるものではなく、すべての人が経験する現象です。ロンジェビティ薬が社会に実装されるということは、ある病気を治す薬が新しくできるという話にとどまりません。人間が生きる時間そのものに関与する技術が社会に入ってくるということです。
これまで私たちは、人が生きられる時間には限りがあり、だからこそ成り立つ「何歳まで学び、何歳から何歳まで働き、何歳で引退する」という人生の時間割を当たり前のものとして受け入れてきました。
人は老い、衰え、やがて死ぬということは自然の摂理であり、教育、雇用、年金、医療、介護といった社会制度はそれを前提に組み立てられています。
老化に介入する技術が実用化されれば、そうした前提が変わります。何歳で学ぶのか、何歳で働くのか、何歳で新しいことに挑戦するのか…。人生の時間軸そのものを引き直さなければならなくなるでしょう。
ロンジェビティが変えるのは寿命だけではありません。社会が前提としてきた「人」そのものを変えてしまうのです。
技術が社会を変える
歴史を振り返れば、農業革命も、産業革命も、インターネットも、AIも、技術が先に生まれ、それを追いかけるようにして制度や価値観が少しずつ変化してきました。技術が社会を変え、新しい制度や仕組みが構築されてきました。
ロンジェビティもそうでしょう。ただ、人のあり方そのものを変えるという点で、先ほど挙げた技術よりも社会に与えるインパクトは大きいかもしれません。
多くの医薬品は病気を治療することで社会に貢献してきました。ロンジェビティはそこからさらに次の段階に進もうとしているように見えます。そうした時に、私たちはどんな社会を目指していくべきなのか。問われるのは技術や薬そのものだけではありません。ロンジェビティの社会実装とは、そうした問いに向き合うということなのだと感じます。
※コラムの内容は個人の見解であり、所属企業を代表するものではありません。
| 黒坂宗久(くろさか・むねひさ)Ph.D.。アステラス製薬アドボカシー部所属。免疫学の分野で博士号を取得後、約10年間研究に従事(米国立がん研究所、産業技術総合研究所、国内製薬企業)した後、 Clarivate AnalyticsとEvaluateで約10年間、主に製薬企業に対して戦略策定や事業性評価に必要なビジネス分析(マーケット情報、売上予測、NPV、成功確率、開発コストなど)を提供。2023年6月から現職でアドボカシー活動に携わる。SNSなどでも積極的に発信を行っている。 X(Twitter):@munehisa_k note:https://note.com/kurosakalibrary LinkedIn:https://www.linkedin.com/in/mkurosaka/ |
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