
ラスカー賞の受賞が決まった服部氏(中央)、北沢氏(左)、井川氏(右)=中外製薬提供
米国で最も権威のある医学賞「ラスカー賞」の2026年の受賞者に、中外製薬の服部有宏元シニアフェロー、北沢剛久研究本部副本部長、井川智之研究本部長の3人が選ばれました。受賞理由は、血友病A治療薬であるバイスペシフィック抗体エミシズマブ(一般名、製品名・ヘムライブラ)の創製。受賞発表から一夜明けた9月10日、3人が記者会見し、受賞の喜びと創薬の経緯を語りました。
受賞決定を受けて
服部:ラスカー賞をいただくことになり、大変光栄に思っています。私の主な役割は、2000年にエミシズマブの創薬コンセプトを発案したことです。2004年には抗体医薬研究部の部長になり、研究チームの皆が研究しやすい環境を整え、研究全体を統括する立場でした。
エミシズマブの創薬コンセプトについては、よく「突飛なアイデア」と言われますが、私は正直、可能性は低くないと思っていました。しかし、幸運にも恵まれました。何よりの幸運は、北沢さんや井川さんをはじめ、非常に優秀な研究者が集まり、素晴らしい研究チームを結成できたことです。世のため患者さんのためを合言葉に10年近い歳月をかけ、研究者たちの血のにじむ努力の結晶がエミシズマブです。
また、奈良県立医科大の吉岡先生、嶋先生、野上先生からは臨床の観点から強力なご支援とご指導をいただき、産学連携の代表的な成功例と言えると思います。
エミシズマブが医薬品として承認され、実際に治療に使われるようになり、患者さんの生活が良くなったという情報を医療現場の先生から教えていただいたとき、私は創薬研究者としてこれ以上の喜びはないと涙しました。
今回、このような大きな賞をいただいて改めて感じるのは、創薬は大変にやりがいのある仕事だということです。そして、仲間と一緒に困難を乗り越えた先に患者さんの笑顔があります。若い研究者の皆さんにはぜひ、創薬に挑戦してもらいたいと思います。今回の受賞を励みに、中外製薬ではこれからも新しい治療につながるような研究が続いていくことを願っています。

服部有宏・元シニアフェロー(中外製薬提供)
北沢:ラスカー賞を受賞するとの知らせを聞いたときは、まず大変驚きました。率直に申し上げて、驚き以外の言葉が見つかりませんでした。
創薬は多くの仲間の力が結集して初めて成し遂げられるものです。みんなで力を尽くして進めてきたエミシズマブの創薬が、血友病Aの方々とご家族のお役に立ちたいという目標の達成につながり、さらに今回の受賞を通じてその科学的意義が世界的に認められたことを大変誇りに思っています。
エミシズマブの創薬過程において、私は生物学研究と薬理研究を主導する役割を担いました。仲間とともに、バイスペシフィック抗体によって血友病Aで欠乏している血液凝固第VIII因子の働きを代替できるのか、実際に止血に十分な効果を発揮するにはどのような性質を備える必要があるかを1つ1つ検証してきました。
これは独創的で前例のない、極めてチャレンジングな創薬でした。道のりは決して平坦ではなく、うまくいかないことや失敗も多くありました。しかし、その1つ1つに向き合う中で、新たな発見が生まれ、プロジェクトを前に進めることができました。失敗を糧にすることこそ成功への道につながる。そのことを、未来を担う研究者の皆さんにお伝えしたいと思います。
今回の受賞は、ここに並ぶ3名だけのものではありません。エミシズマブの研究開発に関わってくださった多くの方々の力の積み重ねが今回の評価につながったと受け止めています。服部さんからもお話があった通り、長年にわたり共同研究に取り組み、臨床試験を推進してくださった奈良県立医科大の先生方をはじめ、バイオマーカーに関する共同研究に取り組んでくださったシスメックの皆様、臨床開発にご尽力いただいた国内外の医療関係者の皆様、臨床試験に参加してくださった患者さんとご家族の皆様、そして当社およびロシュグループの仲間。みんなの力の結集によるものです。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

北沢剛久・研究副本部長(中外製薬提供)
井川:大変名誉ある賞を受賞することになり、創薬研究者として大変身に余る光栄に感じています。昨夜の発表を受けて、多くの研究者仲間や友人からお祝いのメッセージをいただき、受賞を実感しています。
創薬とは、非常に長い年月を要するうえ、成功確率が極めて低い研究です。創薬研究者が生涯をかけても、自分が携わった研究が薬となって患者さんに届くとは限りません。その意味で、エミシズマブを患者さんに届けることができたということ自体、私は創薬研究者として本当に幸運だったと思っています。今回、ラスカー賞という世界的な評価をいただき、最初に知らせを受けた時は、「まさか」という大きな驚き同時に、深い感謝とこれからの大きな責任を感じました。
私自身は入社4年目の2004年からこの研究に加わりました。研究では、バイスペシフィック抗体を安定的かつ高品質に大量生産するための抗体技術を確立する役割と、スクリーニングから得られた抗体を徹底的に磨き上げて分子をデザインする役割を担いました。
エミシズマブの創製には研究所の多くの仲間が携わりました。研究所の仲間はもちろん、私たちが研究所で作ったこの分子を患者さんに届くまで尽力した中外製薬、ロシュ、ジェネンテクの多くの仲間に心から感謝を申し上げたいと思っています。
エミシズマブが患者さんに届くようになってから、患者さんやそのご家族から治療によって日々の生活が変わったというお手紙を多くいただきます。それを読み、自分たちが10年かけてでも解決したいと思っていた医療課題に少しでも応えられたのかなと思うと、自然に涙が出ます。創薬研究者としてこのような研究に関われたことを深く感謝しています。
今回の受賞を大変光栄に思う一方で、世界にはまだまだ十分な治療法がなく、新しい薬を待っている患者さんが数多くいます。 一創薬研究者として、中外製薬の創薬研究を担う責任者として、エミシズマブに続く革新的な医薬品をこれからも生み出していかなければいけないという使命感を強くしました。これからも仲間とともに新しい医薬品の創出に挑戦し続けていきたいと思っています。

井川智之・研究本部長(中外製薬提供)
エミシズマブ創製の経緯について
服部:私たちの出発点にあったのは非常にシンプルな思いでした。血友病Aの方々の人生を少しでも良くしたい。この思いから始まった研究が、さまざまな失敗や試行錯誤を経て、1つの新しい治療法になりました。
まず、血友病Aについて簡単に説明します。血液はケガをすると固まって出血を止めます。 そのためには、血液中のさまざまなタンパク質がバトンを渡すように働く必要があります。血友病Aでは、そのなかの血液凝固第VIII因子というタンパク質が生まれつき不足しているため、血液を固める働きが弱くなります。その結果、ケガをした時だけでなく、関節の中などで出血を起こすことがあります。特に重症の患者さんでは、出血を繰り返すことで関節に障害が残ってしまうこともあります。日本では約3800人の患者さんがいるとされています。
従来の治療の基本は、不足している第VIII因子を薬として補充する治療でした。これは非常に有効な治療でしたが、いくつか課題が残されていました。
第VIII因子製剤は基本的に静脈内に注射します。家庭で治療する場合には、患者さん自身あるいはご家族が血管を探して注射する必要があります。特に小さなお子さんの場合、これは簡単ではありません。
もう1つ課題がありました。第VIII因子を異物として認識してしまい、それに対する免疫反応、いわゆるインヒビターができる患者さんがいます。そうなると、 第VIII因子製剤が効きにくくなってしまいます。
こうした課題を知った時、第VIII因子を補うというそれまでの治療とは異なる方法が必要ではないかと考え、そこから新しい発想が始まりました。第VIII因子がやっている役割を別の物質で代用できないかと考えたわけです。
第VIII因子は、活性型第IX因子が第X因子を活性化する時の補因子として、この2つを近づける働きを持っています。そこで考えたのがバイスペシフィック抗体です。抗体には2つの腕があり、それぞれが標的となる分子に結合します。通常、2つの腕は同じものに結合しますが、エミシズマブは片方の腕で活性型第IX因子、もう片方の腕で第X因子を認識するようにしたバイスペシフィック抗体です。このようなバイスペシフィック抗体をたくさん作れば、その中に第VIII因子の代わりができるものが見つかるのではないかと考えたわけです。
アイデアは生まれましたが、すぐに薬ができるわけではありません。 むしろ、ここからが長い試行錯誤の始まりでした。
まず460種のバイスペシフィック抗体を作成して、 第VIII因子の代わりができるかを調べました。その結果、幸いにも1つ、弱いながらも活性があるものが見つかりました。 この時に何も見つかっていなければ、このプロジェクトはここで終わっていたと思います。
バイスペシフィック抗体で第VIII因子の代わりができるということが証明できたので、次は4000種のスクリーニングを行いました。ここで得られた抗体を改良して開発候補となる抗体を創製したのですが、十分な止血効果が得られず、また出血を誘発してしまったため、中止の判断が下りました。
しかし、この失敗からどこを改良すればよいのかという重要な情報を得ることができ、もう一度挑戦しました。次は4万種のバイスペシフィック抗体をスクリーニングし、1つ1つの抗体を調べ、改良し、また評価するということを、与えられた1年半という期限の間ずっと繰り返しました。そして、期限ぎりぎりに薬になる可能性を持ったリード抗体を1つ見つけることができました。
バイスペシフィック抗体を医薬品として実用化するためには、製造上の大きな課題がありました。
バイスペシフィック抗体は2種類の重鎖と2種類の軽鎖を組み合わせて作ります。これらを細胞に作らせると、私たちが欲しい組み合わせだけができるわけではなく、実に10種類もの組み合わせができてしまいます。欲しいもの以外はすべて不純物になりますが、構造や性質が非常に似ているので、これらを不純物として分離するのは非常に難しい。薬の候補が出来上がっても、安定して大量に生産することが非常に難しい、という課題がバイスペシフィック抗体にはありました。
そこでわれわれは、抗体を正しく作り、正しく取り出すための技術も開発しました。それが、中外独自の「ART-Ig技術」です。ここでは大きく3つの工夫をしています。
1つ目は、間違った組み合わせができにくくすることです。2つの重鎖に共通して使える軽鎖を同定する方法を確立しました。これにより、できる組み合わせを10種類から 3種類に減らすことができます。
2つ目は、正しい組み合わせができやすくすることです。 抗体の表面のアミノ酸を少し変え、片方にプラスチャージ、片方にマイナスチャージをつけてやると、プラスとプラスは反発、マイナスとマイナスも反発で、プラスとマイナスの組み合わせが優先的にできるということになります。
3つ目は、それでもできてしまう不純物をきちんと分離することです。 分子の電気的な性質、いわゆる等電点の違いを利用して、目的の抗体と不純物を分けやすくしました。
こうした工夫を積み重ねることで、通常の抗体の製造と同じプラットフォームでバイスペシフィック抗体を製造できるようになりました。
先ほどお話したリード抗体をヒト化し、アートIg技術を適用して製造するわけですが、それだけではまだ薬になりません。活性を増強させ、皮下投与でも吸収されやすくし、保存中や体内で安定であること、製剤に対する免疫反応を起こさないようにすること、高濃度製剤のために溶けやすくすること、精製しやすく産生量もしっかり高まること。そういったことを同時に満たすような抗体を作るため、われわれ2400種類の改良抗体を作り、その中から1つ選び出したのがエミシズマブです。2012年から臨床試験が始まりました。
臨床試験では、エミシズマブによって血友病A患者さんの出血を予防できることが確認されていきました。小規模な第1相試験から始まり、より大規模な第3相試験でも一貫して出血予防効果と忍容性が確認されました。重要なのは、第VIII因子インヒビターの有無、重症度、成人・小児を問わず出血予防効果が確認されたことです。
エミシズマブは製品名「ヘムライブラ」として2017年に米国で、2018年には日本と欧州で承認されました。現在では120以上の国と地域で承認されています。
エミシズマブの登場により、投与が簡便な皮下投与で投与間隔も長くなりました。インヒビターがある患者さんにも新しい治療の選択肢を提供できるようになりました。その結果、出血の頻度が低減し、関節の障害の進行も抑制できるようになりました。
治療のため費やしていた時間、静脈注射への不安、ご家族が担っていた負担。そうしたものを少しでも減らすことで、患者さんの生活が変わり、できることの幅が広がる。これこそが研究で目指していたことでした。それらがある程度、達成できたのではないかと考えており、創薬研究者冥利に尽きます。
もちろん、私たちはこれで十分だとは思っていません。血友病にはまだ解決されていない医療課題があります。私たちが目指しているのは、生活スタイルに関わらず出血ゼロを目指せることであり、治療の負担をさらに低減することです。必要としている世界中の患者さんに届けられるようにすることも重要です。科学的なエビデンスをさらに積み重ねながら、医療関係者、患者さん、ご家族をはじめとする血友病のステークホルダーの皆さんと一緒に、治療へのアクセスを広げていきたいと考えています。
この治療法は私たち研究者だけで生み出したものではありません。臨床試験に勇気を持って参加してくださった患者さんとご家族、奈良県立医科大学をはじめ臨床現場でご協力・ご指導してくださった医療関係者の皆様、グローバルでの開発と供給を支えてくれたロッシとュジェネティックの皆様。多くの方々の協力があって、中外の研究所で生まれた1つのアイデアを世界中の血友病の方々に届けることができました。
ラスカー賞という大きな評価をいただいたことを大変光栄に思います。ただ、受賞はゴールではありません。患者さんの人生を変えたいという最初の想いを忘れず、これからも満たされない医療課題の解決に挑戦していきたいと思います。
質疑応答
――中外の抗体医薬創製に関する強みを皆さんはどのように評価されていますか。
服部:エミシズマブを発案した2000年頃は、まだ世界的にもそれほど抗体医薬品は出ていませんでした。中外は「アクテムラ」を2005年に上市しましたが、エミシズマブを発案した時点ではアクテムラもまだ後期開発段階というところでした。
私が2004年に抗体薬研究部の部長になったころにアクテムラが上市されたわけですが、中外が当時持っていた技術は抗体のヒト化技術でした。中外はアライアンスによって2002年にロシュグループになりましたが、グループにはジェネンテックというバイオ医薬の巨頭がいました。中外としてその中でどうやって自分たちの存在意義を出していくかということで非常に悩み、アクテムラに続く独創的なものを連続的に作るため、自分たちで独自の技術を持たなければならないと考えました。
エミシズマブを発案し、研究が始まってきたのはちょうどそのころです。血友病は遺伝性の疾患であり、薬は赤ちゃんの時から一生使います。ですから、できるだけ完成度の高いもの、有効性、安全性、利便性のすべてにおいて最高の品質のものを作れるような研究所にしたいということで、いろんな技術を磨いてきました。技術を磨くなかで、いろんなアイデアを出してくれた研究者たちがいて、私としてはそれを試せる環境を作ってきました。エミシズマブの研究を進めていくことによって技術がどんどん蓄積し、その成功体験によって技術開発が当たり前の風土になってきたと思います。
北沢:先ほど服部さんから、4000のバイスペシフィック抗体を作り、さらに4万のバイスペシフィック抗体を作ったという話がありました。数を増やしても質が落ちては元も子もないのですが、われわれは質を保ちながら非常に多くの数をどうやってこなし、そこからいいものを見つけていくかということに対しても、一生懸命手を抜かずこだわってやってきました。品質を妥協せず数を追求するという泥臭い実践をやってきたことも、この大きな成果のバックグラウンドに確かにあるものだと思っています。
井川:エミシズマブの研究をきっかけに、中外なりの抗体創薬のあり方が作られてきたのかなと思っています。わたしたちは、中外だからこその創薬、中外でしかできない創薬をやっていこうということをスローガンにしています。ほかの製薬会社ができるようなことをやるより、私たちにしか提供できない価値を作り出し、それを患者さんに提供していくことを目指そうということです。
その上で大事なのが、技術を作ることです。アイデアがあって、技術を作って、血友病という疾患に挑戦してきました。今後も疾患を限定することなく、技術を使うことで解決できる医療課題があるのであれば、技術を使って創薬をしていきます。
もう1つは、研究者として最高の分子を作ろうということです。 会社としてタイムラインといったものは重要ですが、我々が作る分子が実際に患者さんに使われるということを考えると、その時点ででき得る最高の分子を作り上げ、それを世の中に出していこうということです。我々はこれを「クオリティセントリック創薬」として重視しています。
技術ドリブン、疾患を限定せず創薬に取り組む、最高の分子を作るクオリティセントリック創薬。この3つが中外の抗体研究の強みだと思っています。
――エミシズマブの課題にも触れていましたが、具体的には何でしょうか。それに対してどう取り組んでいきますか。
北沢:エミシズマブは血友病治療のこれまでの課題を克服し、効果を出しています。エミシズマブ使うと8割を超える患者さんでは治療を要するような出血が起こらなくなりますが、まだ100%ではありません。治療を要するような出血をゼロにするということが1つの目標になります。
エミシズマブは最長で4週間に1回で承認されていますが、より投与頻度を少なくすることも考えていますし、場合によっては注射でない投与法についてもニーズとしてあると認識しています。
われわれもさまざまな取り組みを行っており、第3相の臨床試験で「NEXT007」という二重特異性抗体の血友病A治療薬を開発中です。エミシズマブよりも活性を高く維持できる特性を持っており、課題の改善になることを期待して進めています。
井川:当時としては最高の分子を技術の粋を尽くして作ったと思っていますが、抗体を作る技術も上がってきており、もっと良いものが作れるのではないかと思っています。北沢さんが言ったような課題があるなかで、エミシズマブで確立した作用機序をさらに改良して良いものを作る。第VIII因子の活性をさらに高めて出血ゼロを目指せる、体内での半減期を長くして投与頻度を少なくすることができるのがNEXT007という分子です。より良いものということで、常に研究所では新しい研究に取り組んでいます。
――開発の過程で一度、中止になったという話がありました。もう一度やるための予算は、どのようにして確保に成功したのでしょうか。
服部:止血効果が十分でなく、出血を誘発してしまうということで中止になりましたが、しっかり分析して、次にどういう分子を作ればそういうことにならないかということをきちんと学習できました。 それを織り込んで、もう一度やらせてくれという提案をしたわけです。期限は1年半と切られましたが、その期間でやれることをやってこいということで、予算はきちんとつけてくれました。
北沢:うまくいかず、一旦はすごく落ち込みました。しかし、それまで信じていたことが実験データによって違うと分かったことで、それがなければやらなかったであろう作戦をとることができたのは大きかったと思います。
このプロジェクトのコンセプトは非常に独創的で、ほかの会社では絶対にやらないだろうというものでした。ただ、成功すれば患者さんやご家族に与えるインパクトは非常に大きいと我々は確信していました。我々が諦めたらこのコンセプト自体が絶対に薬にならないという使命感を持ち、何とかやりたいという気持ちで提案しました。
井川:4000でダメだったので次は4万のスクリーニングをさせてください、というだけだったら多分、イエスとは言ってもらえなかったと思います。10倍にしたらいいものが取れるだろうという楽観的な考えで提案していたら、多分ダメだったと思うんですね。
4000から取れた1個がなぜうまくいかなかったのかを徹底的に解析し、次はこういう方法でスクリーニングすれば見つかるだろうという仮説を立て、それを実証するようなスクリーニングをやった上で提案しました。だから説得力があったのでしょうし、おそらく研究チームのメンバーの情熱も汲み取ってくれて、当時の研究本部のシニアマネージメントたちは了承をしてくれたのではないかと感じています。
――ちなみにそのときに取った予算はどのぐらいだったのでしょうか。
服部:初期のテーマは合算でやっているので、このテーマで具体的に予算をいくらか取ったっていうことはしていません。
――提案は一発で?
服部:1度で承認されました。
井川:その代わり 1年半で見つけないとダメだと。
北沢:研究に使う試薬も安いものではありません。普通に4万やると当時の中外としてはお金を使いすぎでしたので、通常は100マイクロリットルぐらいのスケールでアッセイをするところを10分の1程度に縮めて、試薬も効率的に使う形で進めました。
――奈良県立医科大との産学協働がうまくいった理由は何でしょうか。
服部:我々がものを作り、先生方が臨床の観点から評価するという、役割分担が非常にしっかりしていたということがあります。我々も先生方も患者さんの状況を理解しており、出来上がれば確実に患者さんのQOLを改善できるだろうということはお互いに共有できていたので、同じ目標に向かって一緒に頑張れたと思います。
テーマが中止になった時は一時期、共同研究は途絶えましたが、その時も先生方は非常に残念がられて、我々が作り直すのをずっと待ってくれていたという状況です。
北沢:エミシズマブにあたる分子を創製し、共同研究を再開した時には本当に喜んでいただきました。第1相試験は国内で行いましたが、独創的で新しい機序のバイスペシフィック抗体にも関わらず、科学の面から深く理解していただき、臨床試験にもご尽力して進めてくださいました。非常に早くエミシズマブの効果の兆候が示されたという点でも、本当に力になってくださいました。
――バイスペシフィック抗体自体はエミシズマブの研究より前に考案されていたと思いますが、どのように独自の着想に結び付けたのでしょうか。
服部:バイスペシフィック抗体があるからそれを使いたかったというわけではなく、今回の着想にはバイスペシフィック抗体である必要があったということです。バイスペシフィック抗体は当時、概念的には一応ありましたが、技術的には大きな課題がありました。中外には非常に優秀な研究者がいるので、技術的な課題は頑張ればなんとかなるだろうと思い、第VIII因子を抗体で代替することが患者さんのQOLに直結するという意義があったので、あえて挑戦しました。
――4000の抗体から1つ見つかったものが失敗してしまい、そこから何を学んだのか教えてください。
北沢:4000の抗体をスクリーニングしていたときは、APTTというアッセイを使って血友病状態の血漿が凝固するまでの時間をどれだけ短縮できるかという指標で抗体を評価していました。そうした選んだ抗体は、血友病A患者さんだと100秒以上かかる凝固時間を、健康成人と同じ30秒まで短縮するポテンシャルを持っており、これはいけると思っていました。
ところが、苦労して動物モデルを作って試してみたところ、どうもアッセイから得られるほどの効果はなさそうだということがわかりました。信じていたアッセイ系が必ずしも止血の活性につながらないということがわかったのです。さらに、毒性試験で正常な動物に投与したところ出血を惹起してしまうということもわかりました。
凝固時間というものを信じて抗体の最適化を進めると間違った方向に行ってしまうということと、凝固阻害にはより注意しなければならないということを学び、それを4万の抗体のスクリーニングに生かしていきました。
――アッセイ系に工夫をしたということでしょうか。
北沢:そうです。それによって出てくる抗体が変わってきますので。実際、4万の中から取れた1つの抗体は、活性自体は前の抗体とそれほど違いませんでしたが、凝固を阻害するというところは非常に良いものが取れました。
――研究開発には紆余曲折がありましたが、研究のなかで「もうだめかもしれない」と思ったことはありましたか。それをどう乗り越えましたか。
服部:2000年に着想し、周りの人にアイデアを説明したところ、「そんなもの取れるはずがない」という人が多く、一緒にやろうという人は限られていました。そうしたなかで何とか正式な提案にしたのが2001年の秋です。提案は承認され、私は要員を割いて大きな規模でスクリーニングをしたいと考えていましたが、ほかのテーマとの兼ね合いもあって自分のチームをそこに割くことができませんでした。そこで研究本部に「このテーマに要員を割いてくれ」と提案しましたが、なかなか人を割いてもらえず。やっぱり「そんなものは取れるわけがないのではないか」という疑念があったんだと思います。
結局その後どうなったかというと、順調ではなかった別のテーマをペースダウンすることになり、そこで浮いた人員を充てることで最初の460のスクリーニングを始めることができました。私としてはもっと大きな規模でやりたかったですが、ここで何とか1つ見つかったのは本当にラッキーだったと思います。見つからなかったら「ほらやっぱり」ということで終わっていたでしょう。
北沢:そこは本当にラッキーでしたので、1番のハードルだったかもしれません。先ほど私が申し上げた4000の抗体が失敗ところも大きなピンチだったと思います。
その後に行った4万のスクリーニングでもなかなか取れず、4万を完遂しても実は事前に設定したクライテリアを満たすバイスペシフィック抗体は1つも取れませんでした。期限まで1カ月くらいしかない時点でその状態で、クライテリアは満たさないものの最後まで残った惜しい抗体が100くらいあったので、それに少し改変を加えることで1つだけクライテリアを満たすものが取れました。期限ぎりぎりだったということで、そこも大きな1つのピンチでした。
井川:私はその4万の中からかろうじて見つかった1個のバトンを受け継ぎ、それを何とか仕上げるという役割でした。取れた1つは活性がかなり弱く、「100倍から1000倍上げてくれ」という無理難題を言われました。
薬は普通、病気の原因分子に結合してその悪い働きを止めるものです。悪い働きを止めるなら強く結合した方がいいので、活性を強くするには強く結合するようにすればいいという方向性が明確です。
それに対してエミシズマブのコンセプトは、くっついて2つを近づけるというものです。どうしたら活性が上がるのか全く想像もつかず、いろんな仮説を立てては抗体を作ってみて、こうすれば活性が上がるということが少しずつ分かってきました。
100倍くらい上がったものができたときは大喜びしたのですが、それが全然溶けないんですね。皮下投与はエミシズマブの大事なコンセプトの1つでしたが、動物に皮下投与してもまったく全身の血液に吸収されない。原因を解明して溶けるようにはなったものの、今度は活性が下がってしまい、そのジレンマが一番苦しかったです。この時は「もうどうしようもないかもしれない」と思いました。
――研究においてロシュやジェネンテックはどんな役割を果たしましたか。
服部:初期の段階では全く情報交換などもしていないです。第1相の臨床試験が終わったあと、ロシュとジェネンテックがこのテーマに関わってきたっていうことです。
北沢:実際には、2015年に第3相試験始まったところからです。 ただ、ロシュとジェネンテックは世界で非常にコンピテンシーを持っていますので、エミスマブのグローバル開発では力となりました。
井川:間接的には創薬にも影響したと私は思っています。世界で初めてバイスペシフィック抗体というものが作れるかもしれないという論文を出したのはジェネンテックです。課題はあるけど頑張れば作れるんじゃないかと考えられたのは、その論文があったからです。
ロシュグループに入った時点での中外の抗体創薬の実力は、ジェネンテックとは大きな差がありました。すごく優秀な兄がいるところに、弟としてグループに入り、ジェネンテックを意識したことが、難しいことでもやってみよう、やらないと中外の研究の存在価値がなくなってしまうという意識を生んだという意味で、エミシズマブの創製に間接的には影響したのかなと思っています。
――日本の製薬企業の創薬力の低下が指摘されています。日本企業の研究者が受賞した意義として感じることがあればお聞かせください。
服部:日本人の緻密で精緻な研究は強みだと思っています。今回のエミズマムの研究でも、非常に細かいスクリーニングを緻密に精緻になりました。目標を立てたらそこに向かってくじけずに何度もトライするという特性も、日本人だからこそという部分もあると思います。
我々がこのエミズマムで作り上げてきた抗体の評価方法は、毎週たくさんの抗体をデザインしては、それを作り、評価するというもので、それをぐるぐるぐるぐる回すことを平気でやっていました。あるとき、そのことを米国のプロテインデザインラボラトリーの研究所長に話したところ、そこまでやっている企業は世界でも見たことがないと言われました。
しっかりきっちりやるのが日本人は得意だし、そこをしっかり極めることで十分世界と戦えるのではないかなと思います。中外に限らず他の会社でも、そういった自分たちの強みを作って戦っていってほしいなと私は思っています。
井川:「欧米のファーマと中外は何が違うのか」「なぜ中外はこういうことができるのか」ということはよく聞かれます。
私が答えているのは、1つはボトムアップの活動を推奨する中外の風土です。提案したらやらせてくれるフロンティア精神のようなものが中外にはあります。 欧米企業もスタートアップはそういうマインドセットを持っていますが、会社が大きくなるとそういった精神は失われていく傾向があるのかなと感じています。
もう1つは、エミシズマブもそうですが、10年間諦めずに続けられることです。欧米のマネジメントスタイルは、タイムラインやKPIが引かれ、達成できなければ問答無用に中止ということが往々にしてあると思います。研究って2年でできますと言っても2年ではできなくて、3年かかって4年かかって、それでもやらせてくれる。最終的には10年かかってもやらせてくれる。中外はそういう環境があるおかげで、こういう研究ができているのかなと感じます。
北沢:今回の受賞で光を当てていただいたことで、創薬研究を知っていただく良い機会になったと思います。これを見た若い人たちが興味を持っていただければ、日本の創薬の強化にもつながっていくのではないかと思い、期待しています。
AnswersNews編集部が製薬企業をレポート
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