
年間5000人ほど生まれる体重1500グラム未満の極低出生体重児。その栄養管理を目的に、日本初となる人乳由来の母乳強化剤「プリミーフォート経腸用液」が4月28日に発売されました。海外では栄養製品(食品)として販売されていますが、日本では医薬品として承認され、保険適用されました。製造販売元のクリニジェンはなぜ、医薬品としての開発を選んだのでしょうか。
アンメットニーズ残る早産児の栄養管理
厚生労働省の人口動態統計によると、2024年の出生数約69万人のうち、出生体重2500グラム未満の低出生体重児は6万7134人、1500グラム未満の極低出生体重児は5446人。こうした赤ちゃんはNICU(新生児集中治療室)で治療・ケアを受け、2022年のデータでは妊娠22~24週で生まれた超早産児の8~9割は生存して退院したと報告されています。

高い救命率から世界トップクラスと言われる日本の新生児医療ですが、クリニジェンのエドワード・ライト社長は「NICUで治療を受ける早産児の栄養管理の面では、まだ満たされないニーズがある」と指摘します。
同社が4月に発売した「プリミーフォート経腸用液」は、ヒト母乳由来の母乳強化剤。濃縮・低温殺菌された人乳に9つの栄養成分を加えたもので、母乳に添加して極低出生体重児などへの「完全人乳栄養(Exclusive Human Milk Diet=EHMD)」として使用します。
早産児は、妊娠後期に胎内で得るはずだった栄養が不足しており、正期産児と比べて発育に多くの栄養素が必要です。一般的に早産児の母親の母乳には、正期産の母乳よりも免疫物質や抗酸化物質、成長因子などが多く含まれ、壊死性腸炎や敗血症といった重篤な病気から赤ちゃんを守ります。「超早産児にとって母乳は薬」。昭和医科大医学部小児科学講座の水野克己主任教授はこう強調します。
一方で、妊娠後期は脳が急速に発達する時期であり、早産児にとって母乳だけではタンパク質、カルシウム、リンといった、脳や骨、筋肉を大きくするのに必要な栄養素が足りないことがあります。その場合、母乳に母乳強化物質を添加した強化ミルクを使うことも推奨されています。
コンパッショネート・ユースで使用開始
従来、母乳強化物質としては牛乳由来のものが世界で標準的に使われてきました。しかし、消化管が未熟な超早産児では、牛乳アレルギーやカルシウム結石による腸閉塞を起こして生命に危険が及ぶこともあり、水野医師は「特に消化管の手術を行った早産児にはこわくて使えない」と話します。
人乳由来のプリミーフォートは米プロラクタ・バイオサイエンスが開発し、2000年代後半に米国で栄養製品として発売。これまでに世界で12.5万人を超える早産児の栄養管理に使用され、欧米の学会が極低出生体重児への使用を推奨しています。
水野医師は、発売後に米国の学会でプリミーフォートの存在を知ったといいます。ただ、この時点では「母乳バンクがない日本ですぐ使えるようになるとは思っていなかった」。早産児に対する経腸栄養は生後24時間以内に開始することが推奨されますが、早産の場合、母親の母乳が出始めるまでには時間がかかります。この間のつなぎとなる安全なドナー乳がなければ、EHMDを実現するのは難しいと考えたと振り返ります。
水野医師はその後、厚生労働省の研究班を立ち上げるなど、日本での母乳バンク設立に奔走。17年に「母乳バンク協会」を設立したあと、プロラクタに直接連絡を取り、日本での使用について交渉を始めました。その結果、18年ごろからコンパッショネート・ユース制度(代替治療法のない重篤な疾患に対し、人道的見地から国内未承認薬等の使用を認める制度)を通じた使用が可能になりました。

クリニジェンが3月に開催したメディアセミナーに登壇した水野医師
医薬品として開発したほうが早く届けられる
そんな水野医師の熱意と行動をきっかけに、日本での開発に乗り出したのがクリニジェンです。クリニジェンとプロラクタは、海外で栄養製品(食品)として販売されるプリミーフォートを、日本では医薬品として開発しました。クリニジェンの髙島明子・薬事部部長は、その経緯を「人乳由来製品という前例がないなかで、当局との相談の結果、医薬品として開発するのがいいだろうという結論に至った」と説明します。
「医薬品として開発することで品質、安全性、有効性を厳格に確保できるとともに、迅速性を担保できると考えた。臨床試験には年単位の時間がかかるものの、医薬品開発の確立したスキームを活用する方が、(前例がないなか)食品として手探りで開発するよりも早く患児に届けられると判断した。保険適用とすることで、地域差なく全国の赤ちゃんに平等に届けられることも大きなメリットだった」(髙島氏)
人乳と既知のミネラルなどを配合したものであることや、海外での使用実績などを踏まえ、臨床試験としては、147人の患児を対象とした臨床第3相(P3)試験を実施。標準栄養群(牛乳由来の母乳強化物質を添加した強化ミルク、必要に応じて人工乳を追加)に対する非劣性を検証しました。
試験の結果、主要評価項目の体重増加速度では、非劣性に加えて統計学的な優越性を示し、身長や頭囲でも標準栄養群と比べて有意に高い増加速度を示しました。水野医師は「しっかり体重が増えれば、神経発達的な予後がよくなることも期待できる。その意味で、プリミーフォートは単純な栄養補給ではなく、より良い成長を目指すための治療戦略と言えるだろう」と話します。
審査に1年半、製造体制整備などに苦労
クリニジェンはこの試験結果をもとに24年7月に承認申請を行いましたが、審査には1年半近い時間を要しました。
1つの課題となったのが製造面。プロラクタはそれまで食品としてプリミーフォートを製造していましたが、日本で医薬品として販売するには製造所のGMP適合を取得する必要がありました。ヒトの母乳を原料とする同剤は、血液製剤などと同じ生物由来製品に該当します。プロラクタは、ドナーの適格性スクリーニングをはじめ、DNAでドナー本人の母乳かどうかをチェックする体制や、不純物が含まれていないことを検査する体制などを整えていたものの、医薬品として常に一定の規格で品質を維持し、全製造工程を記録・管理するシステムを構築するのは大きなチャレンジでした。
その苦労は審査報告書にも垣間見え、「一部の製造工程や試験の実施施設が承認申請時までに確定していなかったために、当該施設に対するGMP適合性調査の申請が大幅に遅延し、審査期間を延長せざるを得なかった」と書かれています。
マイナス20度未満での厳格な管理が求められることから、コールドチェーンの確立も課題でした。4つのSKU(ストック・キーピング・ユニット)を持つプリミーフォートは、ワクチンなどと比べても大きなスペースが必要です。採用を決めた国内の医療機関の多くは、新たなフリーザーを用意しているといいます。
NICUと薬剤部の連携など、オペレーションを含む院内体制の整備が必要になるケースもあります。クリニジェンでは、先行事例を共有したり、SKUの使い分け方法をまとめたガイドを用意したりするなど、医療現場でのスムーズな導入・運用に向けた情報提供に注力。MRは3月の薬価収載時点で10人程度といい、今後、段階的に人数を増やしていく考えです。
クリニジェンによると、日本でドナーミルクを提供している施設は140程度。栄養管理ができるNICUを含めると、導入対象となり得るのは最大200施設程度だといいます。すでに複数の施設に納品され、5月には国内で最初の患児への投与が行われました。
髙島氏は「メールで投与の知らせを受けたときは、思わず涙が出た。ようやく届けることができたんだと。クリニジェンの使命は、完全人乳由来の栄養管理ができる環境を整え、日本中の赤ちゃんに健やかで幸せな人生を届けること。啓蒙活動を通じた認知向上にも力を入れていく」と話しています。

プリミーフォートの概要。経腸用液CFはカロリー強化液となり、人乳のみで組成。必要に応じて経腸用液6/8に追加する




