
最終回となる今回は、連載著者の増井慶太さん、老化研究の第一人者である東京理科大/慶應大の早野元詞さん、ベンチャーキャピタリストの栗原哲也さんの3人に、ロンジェビティが製薬産業を超えて社会全体にどのような変革をもたらしうるかを議論します。3人はロンジェビティに特化したベンチャーキャピタル「ASAGI Labs Ventures」を立ち上げて事業化支援にも取り組んでおり、企業にとって投資先としてのロンジェビティ領域の魅力についても語っていただきました(聞き手はAnswersNews・前田雄樹)。
「病気」の定義から見直す必要がある
前田:連載では6回にわたって老化研究の動向を整理し、産業化にあたっての課題について論じてきました。早野さんは、最近の老化研究や産業化の動向をどのように見ていますか。
早野:従来、老化は不可逆的なものと考えられてきましたが、さまざまな研究の進展によってそうではないと考えられるようになってきました。さらにもう1段階進んだのがこの1年で、AIの台頭が背景にあります。医療・ヘルスケアの情報はすべて文字情報であり、膨大な情報を整理して解析できるAIと相性が良い。これをどうビジネスにしていけるかという動きが活発化していて、老化研究は第2段階に入っていると考えています。
そもそも「老化」「病気」とは何なんでしょうか。病気とはある種、治療の対象として産業によって生み出されてきた側面があります。今、具体的な病名がある疾患のなかには、かつては病気と認められていなかったものも少なくありません。ですから、現在、病気と認定されていないからといってそれが将来も病気と認められないということはなく、むしろ人間が持つさまざまな生命現象や機能低下のほとんどは病気認定されていないという認識に立つ必要があります。
米国の国立老化研究所は、老化を「時間とともに身体の機能が少しずつ変化していく状態」と定義しています。この定義に病気という言葉はまったく出てきませんが、老化をそのようにとらえると実はほとんどの疾患が含まれるわけです。加齢がリスクファクターとされる疾患はたくさんありますが、生物学的に言えば病気と加齢は同じなのです。
テクノロジーの発展によって老化を客観的にとらえて介入する方法は今後、爆発的に増えていくでしょう。介入の手段は食やサービスなど、保険医療の枠外でも広がっていきます。そういう世界は必ずくるので、製薬企業は病気の定義から見直すべきだし、仕事の仕方や保険医療に依存したビジネスのあり方も再考する必要があるのではないでしょうか。

(右から)連載著者の増井さん、老化研究者の早野さん、ベンチャーキャピタリストの栗原さん
社会や生き方が大きく変わる
増井:栗原さんはベンチャーキャピタリストとしてこの領域をどのように見ていますか。
栗原:産業横断的にさまざまな広がりがあると感じています。ヘルスケアはもちろん、食や旅行、体験といったことにもつながりますし、自分の体の年齢がわかればそれが金融商品にも反映されていくかもしれない。一方、バイオや医薬品はある意味で製薬業界に閉じており、ここが大きな違いだと思います。新たな産業として、いろいろなところと関連付けて広げていけるところが、ロンジェビティの面白さです。病気になってから使う薬と違い、ロンジェビティは生まれてから死ぬまで、すべての人に関わります。そうした意味で非常に興味深いテーマだと思いますね。
前田:連載では、老化は今のところ適応症として認められておらず、それゆえに医薬品開発は個別疾患を対象としたアプローチをとらざるを得ない現状についても論じていただきました。早野さんは、老化そのものを適応症として薬が承認される未来はあると思いますか。
早野:僕はないと思います。社会システムへの影響が大きいからです。現在、日本では60歳ないし65歳が定年ですが、例えば平均寿命が100歳になると、おそらく80歳とか85歳まで働かなければならなくなります。寿命が延びたのに定年が今のままでは、社会は維持できません。老化そのものをコントロールする薬を国が承認するなら、社会のあり方も大きく変える必要があり、そうした議論が整ったときに承認や保険という話ができるようになるのではないでしょうか。ただし、老化の分子機序を起点として新しい疾患認定、創薬開発、診断技術の開発は今後も増えると思われます。
前田:そう考えると、ロンジェビティの産業化はどのように進んでいくのでしょうか。
増井:富裕層から市場が形成されていくのではないかと想像しています。裾野がどこまで広がっていくかですね。
早野:ただ、今の10代の人たちは、栄養バランスの改善などを背景に何もしなくても100歳まで生きると言われています。金持ちうんぬんの問題ではなく、彼ら・彼女らはもう65歳定年はあり得ない段階です。だから、いかに健康に生きるか、いかに人生設計するかということをビジネスに落とし込んでいくということだと思うので、金持ち向けだけではなく、いろいろなサービスが自動的に生まれてくると僕は思っています。
前田:まさに私には10歳の娘がいるんですが、娘とは100歳まで生きるというということを前提に接していかないといけませんね。
早野:そうです。そういう社会は必ず来るので、すでにいろいろなことに取り組んでおかないといけません。
アストロサイトの研究者と半分冗談で話しているんですが、80歳まで働くならどこかのタイミングで記憶と経験の「リクリエーション」が必要になるだろうと。年をとるとアストロサイトの活性が下がり、新しいことを記憶しにくくなります。そうした状態で寿命が長くなると、例えば60歳、70歳というタイミングで突然AIみたいなものが登場しても、それを学んで新しい仕事や稼ぎにできないんです。20代のときの学習でその後80年間稼ぎ続けるなんてことはあり得ません。人生のどこかのステージでアストロサイトを活性化し、記憶やモチベーションを上げてまた働く。今は想像もつきませんが、そんな社会が来るかもしれません。
日本は面白いフィールド
増井:創薬という観点からロンジェビティを見てみると、海外、特に米国が先行しています。日本に優位性はありますか。
早野:大きな視点で言うと、日本は高齢化社会の先進国であり、課題先進国なので、ソリューションの提供先として面白いフィールドだと思います。一方で、やはり今はデータとAIをどれだけ使えるかが重要。日本は医療データはあるのに使いにくく、ここが解消されればリアルワールドデータとAIを使って創薬ができる国になるのは間違いないでしょう。また、医療データではなく、「身体機能」に着目したヘルスケアデータの方が老化研究においては重要です。また、それらの機能予測、分子機序からのニューモダリティもいいんですが、化合物づくりの強みもアドバンテージとして活かしたいところです。
前田:最後に、この記事を読んでいる製薬業界の関係者に伝えたいことはありますか。
栗原:製薬会社の方々と話をすると、皆さん「未病・予防です」と言うんですが、一方で、医薬品でロンジェビティをやろうとすると数十年のコホート研究をやらないといけないので、製薬企業としては難しいという声も多く聞きます。われわれのようなファンドであれば新しい分野として機動的に取り組むこともできるので、ぜひ皆さん、この領域に興味を持ってほしいなと思います。
日本の上場システムや助成金を考えると、バイオベンチャーが成功するためには構造的な難しさもあり、決して容易な道ではありません。だからこそ、少し違う角度の成功モデルも並行して育てていくことが、産業全体の厚みにつながると思っています。そうした意味では、老化という切り口で医薬品もやるし、それ以外のところでもできることがあるロンジェビティはいいテーマなのではないかと思っています。
早野:ロンジェビティの領域では、リアルワールドに触れながらさまざまなデータを構築し、介入のレスポンスをリアルタイムにとりながら、サービスやプロダクトを作ることができる人たちと一緒に仕事をすることが多いです。時代の流れに適応しながらサービスを作っていけるので、日本の長所にフィットするのではないかと考えています。通常形態の創薬だけをごりごりやるよりも、「身体機能」と「ナラティブ」の客観的評価と、それらを向上する介入技術や診断、サービスの設計といったロンジェビティに取り組むほうが日本の強みを最大限に発揮できますし、企業の戦略にも合うのではないかと思います。
増井:これまでのやり方を変えるのが難しい部分もあると思います。ただ、全体の例えば10%でもこうした領域に投資すれば、ビジネスにも幅が出ますし、得られた知見を本業に還元することもできます。社会は確実に変わっていくので、ぜひこの領域に目配せをしていただきたいですね。
| 増井慶太(ますい・けいた)ロンジェビティ特化型VC(ベンチャーキャピタル)ASAGI Labs Ventures合同会社Managing Partner、BAIOX株式会社CEO、インダストリアルドライブ合同会社CEO。ヘルスケアやライフサイエンス領域の投資運営、M&A仲介、カンパニー・クリエーション、事業運営に従事。東京大教養学部卒業後、米系経営戦略コンサルティング企業、欧州製薬企業などを経て現職。 X:@keita_masui LinkedIn:https://www.linkedin.com/in/keita-masui/ ウェブサイト:https://alv.vc/ |





