
日本一のさくらんぼ生産量を誇る山形県東根市にあるベーリンガーインゲルハイム製薬の山形工場。山形空港やJRさくらんぼ東根駅から車で10分ほどの場所にあります。日本国内はもちろん、アジア・オセアニア地域に主力のSGLT2阻害薬「ジャディアンス錠」などを供給する、ベーリンガーのグローバル生産拠点の1つです。
将来的には4割が海外向けに
山形工場はもともと、1980年に三亜製薬の工場として操業をスタート。86年の同社と独ベーリンガーインゲルハイムの資本提携を経て、ベーリンガー製品の製造を始めました。

それから40年近く、ローカルサイトとして国内向けの製造を担ってきましたが、2023年にアジア・オセアニア地域に医薬品バルクの輸出を開始。心腎代謝領域の主力品・ジャディアンスをはじめ、同社が戦略品と位置付ける固形製剤をアジア・オセアニアに供給する「リージョナル・ハブ」への転換が進んでいます。将来的には、山形工場で作る製品の約4割が海外向けになる想定です。
「世界的に心腎代謝領域製品への需要が伸びていく一方、新型コロナウイルス感染症のパンデミックや国際情勢も踏まえ、よりレジリエンスの高い供給体制の構築に向けてグローバルで戦略の見直しが行われてきました。そのなかで、ローカルサイトとして高いパフォーマンスを発揮してきた山形が戦略的工場の1つに位置付けられたのです」
ベーリンガーインゲルハイム製薬のイェンス・シャーダー社長は、山形工場がリージョナル・ハブに転換した経緯をこう説明。鈴木康子工場長も「23年にわたる無休業災害記録や返品率の低さなどに裏付けられた高い品質・信頼性が評価された」と胸を張ります。

【左上】安全への意識は高く、取材当日もヒヤリハットに関連した表彰イベントが行われていた。表彰状を渡したのはシャーダー社長【右上】ドアの開閉に注意を促す表示。従業員のアイデアは工場内のいたるところに【左下】フォークリフトが通るエリアには事故防止の工夫も(提供写真)【右下】工場内の壁には、山形とドイツの風景を繋げた絵が描かれている
山形工場では23年から、総額3億ユーロ(500億円程度)を投じて製造機能強化が進められており、昨年には新固形製剤棟「IBUKI1」が完成。現在は次の新製剤棟「IBUKI2」の建設が進んでいます。
シャーダー社長は「われわれが考えているのは『モジュラーコンセプト』の工場です」と言います。モジュラーコンセプトとは、背骨(バックボーン)と呼ぶ通路を中心に機能別の建物(製剤棟や管理棟など)を配置していく考え方。現在は固形製剤のみですが、将来的には研究開発パイプラインに応じ、無菌充填など他のモダリティに対応した製剤・包装設備も整備できるよう、拡張性を持たせています。「グローバルでこのコンセプトを採用したのは日本が初めてです」(シャーダー社長)。

【左上】昨年完成したIBUKI1の外観【右上】IBUKI1の模型。右端近くを貫くのがバックボーン、人や資材の動線となる【左下】新棟のすぐ横ではIBUKI2の建設が進む。28年に稼働開始予定【右下】敷地内の緑地帯で栽培されたさくらんぼやリンゴは、収穫後、従業員に振る舞われる
進む多様化、13カ国から人材が山形に
23年ごろに約160人だった従業員数は、数年で300人近くに増えました。海外への製品供給開始や新製品の発売に加え、工場全体で行うペーパーレス化対応業務や、新製剤棟のオペレーター業務などが拡大しているからです。採用を強化しているのは、20代以下の若手や外国籍の人材。外国籍の従業員は、欧州や北米・南米、アジアなど13カ国から集まっており、グローバル化が進んでいます。

【左上】ラボエリアの様子【右上】品質部門では、社員の多くがペーパーレス化に向けたグローバル協働プロジェクトに参加。ドイツ本社から来たメンバーと議論する姿も【下段】食堂も日英表記で、さまざまな言語が飛び交う。宗教や食習慣に配慮したメニューも用意されている
取材当日も、食堂や工場内のイベントで多くの外国籍従業員の姿が見られました。とはいえ、シャーダー社長は「多様化は進めますが、これからも従業員の9割は日本人であるべきだと考えています」と言います。「地域社会との強いつながりを維持し、山形工場の従業員が築き上げてきた『改善』の伝統を守っていきたいからです」
夢はLocal to World
山形工場では毎年、従業員から1700件ほどの改善提案が寄せられるといいます。ある包装オペレーターの提案をきっかけに実用化された、包装廃材を従来比7割以上削減する医療包装用PTPシート「ClearE-Sheet」は世界初の取り組みとなりました。
最初のきっかけは、「包装材の廃棄物を減らしたい」と考えたメンバーが中心となって検証を繰り返し、包装機械メーカーと協力してプラスチックフィルムの接合時に出る廃材を年間1.8トン削減したこと。当時、包装部署にいたという鈴木工場長は「大きな改善効果があったので、さらなる削減についてメーカーに相談したところ、『シートの見た目が変わってしまうため実用化はされていないが、技術自体はある』と言われました。技術があるなら私たちの製品で実現しましょう、ということでパートナーを組みました」と振り返ります。ClearE-Sheetは現在、ジャディアンスをはじめとする主力製品に採用されています。

【左上】シャーダー社長(右)と鈴木工場長【右上】従来のPTPシート(左)とClearE-Sheet。包装機械メーカーCKDのエコスクラップ技術を活用しており、シート端の一部が透明になっているのが特徴【左下】ウェルビーイングの実現を目指し、従業員らが考案した「スマイルカード」。笑顔をくれた人に感謝を伝えるツールとして使われている【右下】表彰も盛ん。多様なメンバーがいるからこそ、楽しんでルールを身につけられる工夫をしている
山形工場の発展を支えてきたのは、こうした現場の改善文化や品質への信頼です。「何世代にもわたって培ってきたものを次の世代に継承していくべく、今はその基礎を作っているところです。かつてLocal to Localで始まった供給は今、Local to Regionとなりました。いつかこれをLocal to Worldにするのが私たちの夢です。『メイドイン東根』を世界に届けていきたいと思っています」(シャーダー社長)。




