
前回までは、Hallmarks of Agingを「治療対象」として捉え直す新興モダリティを見てきました。今回は視点を変え、すでに糖尿病や自己免疫疾患といった領域で創薬がなされている既存の代謝・シグナル経路が、ロンジェビティ創薬として再定義されつつある潮流を取り上げます。
mTOR阻害
mTOR経路は、動物モデルにおけるロンジェビティ研究で最も再現性の高いデータを持っています。ラパマイシンはマウスの平均寿命を最大約31%延長させることが報告されており、このエビデンスがヒトへのトランスレーションを駆動しています。
臨床側では、2025年に「PEARL試験」の48週間の結果が発表されました。114人の健常高齢者を対象に行われた同試験では、低用量・間歇的ラパマイシン投与の安全性が確認され、特に女性で除脂肪体重の改善が示されました。ただし、使用された調合ラパマイシンのバイオアベイラビリティが流通しているシロリムスの約3分の1にとどまったことが指摘されており、解釈には注意が必要です。
企業側では、米resTORbioの経験が教訓的です。同社はスイスNovartisからスピンアウトしてmTORC1阻害薬「RTB101」を開発しましたが、呼吸器感染症予防を対象に行ったP3試験で主要評価項目を達成できず、2020年に米Adicet Bioとの逆合併で事実上消滅。しかし、創業者のJoan Mannick氏は米Cambrian BioPharma傘下のTornado Therapeuticsを率い、Novartisからライセンスした次世代選択的mTOR阻害薬の開発を続けています。mTORの「ロンジェビティ創薬」への挑戦は、1度失敗したもののなお検討が続いています。
Cambrian BioPharmaはmTORのほかに、AMPK経路の開発も進めています。傘下のAtheneum Therapeuticsが開発する「ATX-304」は新規のAMPK活性化薬であり、3本のP1試験を完了しています。AMPK活性化という老化の根本経路に直接介入する新規分子として注目されます。

メトホルミン
AMPK活性化薬としてのメトホルミンは、Hallmarks of Agingの最も多くの老化の特徴に作用する薬剤とも評されます。糖尿病治療薬として数十年の使用実績があり、安全性プロファイルが確立されている点が、新規分子にはない強みです。
遺伝学者で長寿研究者のNir Barzilai博士らが提唱する「TAME試験」は、65~79歳の非糖尿病患者3000人を対象に、心血管疾患、認知機能低下、がん、死亡を複合エンドポイントとして「老化そのものを治療対象とし得るか」を検証するデザインとなっています。資金調達が難航していましたが、米ARPA-H(医療高等研究計画局)が投資する枠組みへと移行し、開始に向けた動きが加速しています。
注目すべきは、米Eli LillyがTAME試験のデザインを参考にした自社GLP-1受容体作動薬の試験を計画していることです。Barzilai氏は「TAMEの最大の意義は、製薬産業向けの『テンプレート』を作ること」と述べており、TAMEが直接的な成果を生まなかったとしても、老化を適応症として認める規制パスの確立が産業全体に波及効果をもたらす可能性があります。
ただ、2025年には「非糖尿病患者に対するメトホルミンのアンチエイジング効果には不確実性が残る」とするレビューも発表されており、科学的な評価はなお議論の真っ只中です。
NAD+前駆体
加齢に伴うNAD+濃度の低下は、ミトコンドリア機能障害やDNA修復能低下など複数のHallmarksと横断的に関連します。NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)やNR(ニコチンアミドリボシド)といったNAD+前駆体は、長らくサプリメント市場で流通してきましたが、近年、医薬品としての開発が本格化しています。
老化研究の第一人者であるDavid Sinclair博士らが関与する米Metro International Biotechは、独自NAD+前駆体「MIB-626」について、アルツハイマー病、慢性腎臓病、筋力・持久力を対象に3本のP2試験を並行して走らせています。スイスのMetaShape Pharmaは、NAD+合成を制限する酵素PNPを阻害するという新規アプローチのP1を開始。米Niagen Bioscience(旧ChromaDex)は2025年7月にノルウェーのHaukeland大病院と独占ライセンス契約を締結し、NRをパーキンソン病治療薬として開発する方向へと進みます。
規制面では、2025年9月に米FDAがNMNを再びダイエタリーサプリメントとして販売可能と判断したことも大きな動きです。これは2022年の「薬剤排他」の決定を覆すもので、NAD+前駆体市場(2025年推定で世界約8.76億ドル)の再拡大が見込まれます。サプリと医薬品の境界線をどう引くかは、ロンジェビティ領域特有の規制課題です。
GLP-1受容体作動薬
この原稿を書いている時点で最も注目度の高いトピックが、GLP-1受容体作動薬のロンジェビティ薬としての再評価です。肥満・糖尿病領域で爆発的に普及したセマグルチドが、心血管、腎臓、肝臓、神経変性など多様な臓器に対する保護作用を示しています。
2025年には、HIV関連脂肪分布異常患者を対象としたランダム化比較試験で、セマグルチドがエピジェネティクス加齢指標を有意に減少させたことが報告されました。具体的には、PhenoAgeで約4.9年、GrimAge V2で約2.3年の「若返り」が観察されており、これは体重減少とは独立した効果と見られています。科学誌「Nature Biotechnology」では「GLP-1は最初のLongevity薬か?」との特集が組まれ、デンマークのNovo NordiskとEli Lillyが加齢研究の学会で登壇するなど、大手の参入が鮮明となっています。
GLP-1受容体作動薬は、すでに数十万人規模の臨床データと年間数兆円規模の市場を有しており、従来のビジネスモデルの延長線上でロンジェビティ領域への拡大が実現し得る点がユニークです。ただし、アルツハイマー病を対象としたセマグルチドの「EVOKE/EVOKE+試験」では有意差が示されませんでした。

「既存経路の再定義」が意味するもの
ロンジェビティ創薬には大きく分けて2つのアプローチが存在します。1つは、老化の根本メカニズム(エピジェネティクスや老化細胞など)を直接標的とする「ボトムアップ型」。もう1つは、代謝・シグナル経路の調節により複数の老化関連疾患を同時に遅延させる「トップダウン型」。後者は既存の創薬インフラ(安全性データ、製造・流通経験、保険適用の実績)を活用できる点で、実用化までのハードルが低いと言えます。双方で検討が進み、併用される未来もありそうです。

次回は、AI・マルチオミクスがこれらの経路に新たなターゲットを見出せるのか、そしてロンジェビティ創薬固有のデータ課題を見ていきます。
| 増井慶太(ますい・けいた)ロンジェビティ特化型VC(ベンチャーキャピタル)ASAGI Labs Ventures合同会社Managing Partner、BAIOX株式会社CEO、インダストリアルドライブ合同会社CEO。ヘルスケアやライフサイエンス領域の投資運営、M&A仲介、カンパニー・クリエーション、事業運営に従事。東京大教養学部卒業後、米系経営戦略コンサルティング企業、欧州製薬企業などを経て現職。 X:@keita_masui LinkedIn:https://www.linkedin.com/in/keita-masui/ ウェブサイト:https://alv.vc/ |





