
辞令1枚で全国どこへでも――。全国転勤を前提としてきたMRの働き方を、アッヴィが大きく見直します。2026年1月から、営業職を対象に転勤のない働き方を選べる新たな人事制度を導入。昇格・昇給・報酬は転勤のある働き方と同様で、理由を問わず選択でき、対象外地域も設けません。転勤を理由とした離職の防止や採用への好影響などを期待します。
理由問わず選択可能、対象外地域もなし
来年1月1日付で導入する新制度は「エリアパートナー制度」で、MRとセールスマネジャー(管理職)が対象。エリアパートナーを選択すると居住地域を選ぶことができ、転勤はありません。評価体系や目標設定、昇格・昇給・報酬は全国転勤のある「ナショナルパートナー」と同様。選択の理由は問わず、対象外地域も設けません。
一方、ナショナルパートナーとして働く社員に対しては、転勤支度金を従来の最大50万円から最大80万円に引き上げるほか、家賃補助や単身赴任手当を増額。転勤のスパンについても「原則4年以内」との目安を新たに明示します。
エリアパートナーとナショナルパートナーは希望に応じて行き来することが可能。新卒者は入社時から1つ上のグレードに昇格した時点でエリアパートナーを選択できるようになり、中途採用ではどちらかを指定して募集を行います。
「転勤とりまく環境、大きく変化」
新制度導入の背景について、同社人事本部の松山京隆本部長は次のように話します。
「転勤をとりまく環境は大きく変化しています。共働き世帯の増加を背景に、結婚、育児、介護などで転勤が困難なケースが増えていますし、価値観の変化によって転勤を敬遠する人も増えました。他業界では転勤のあり方を見直す動きが広がっています。
アッヴィは今年、2029年までの5カ年計画を策定し、『患者さんと社員に最大のインパクトをもたらすために日本のヘルスケアを変革するリーダーになる』とのビジョンの下、働きがいのある会社になることを目標の1つに掲げています。これに向けた具体的な施策の一環として、社会の動きや社員の声を踏まえ、会社主導の転勤を見直すことにしました。
製薬業界でも転勤のない働き方を取り入れている企業はありますが、調べた限り、昇給・昇格・報酬が転勤のある人とまったく同じで、理由や地域に条件のない制度はほかにないようです。われわれは、エリアパートナー制度の導入によって新しい働き方のモデルケースとなり、業界や社会をリードしていきたいと考えています」

離職防止や採用への好影響期待
転勤は長らく、人材の育成や配置の手段として機能してきた一方、社員や家族に大きな負担を強いてきました。アッヴィの社内調査でも、営業職の3~4割がセールスマネジャーを目指せない理由に「転勤が多い/単身赴任ができない」を挙げ、退職者の3割が「転勤が多い/希望の勤務地で働くことができない」を理由に会社を去っています。勤務地を選べる制度はありましたが、条件が厳しく、利用率は1%台にとどまっていました。
「転勤は個々の社員のキャリアプランやライフプランに大きな影響を与えます。新卒採用では転勤に関する質問を受けることが多くなりましたし、中途採用でも多くの候補者が入社時の勤務地を指定するようになっています。転勤のない働き方を取り入れることで、社員が個々のライフステージや価値観、展望に応じて主体的にキャリアを実現できるようにし、離職の防止や採用への好影響につなげたいと考えています」(松山氏)

アッヴィの松山京隆・人事本部長
一方で、新制度の検討開始当初は、人材配置という会社にとっての転勤のメリットを失ってしまうことを懸念する声もあったといいます。
「各事業部には当初、適切な人材配置ができなくなるのではないかという不安がありました。もちろんそうしたリスクはありますが、短期的なアサインメントが実現できなくても長く働いてもらえるほうがいいし、転勤可能な別の社員に機会を提供できるメリットもあるということで理解を得ました。
もう1つあったのが、都市部に人材が集中し、地方が充足できなくなるのではないかという懸念です。これについては、採用のやり方を変えればいいという結論に至りました。ある地域で人員に空きが出たなら、その地域限定で転勤のない人を採用しに行くということです。MRに戻りたいが、全国転勤だと難しいという方が地方にもいるようなので、そうした方にもう一度MRとして活躍していただくことにつなげられたらと思います。
新制度導入にあたって事前にアンケートをとったところ、半数以上はナショナルパートナーを希望するという結果になりました。エリアパートナーでは首都圏に希望が偏る傾向が見られますが、問題なく対応できると見ています」(松山氏)
領域またぐ異動で成長とキャリア形成の機会提供
新制度導入には3年間の移行期間を設け、順次、エリアパートナーを選択した社員の希望を実現していきます。エリアパートナーの勤務エリアは居住地から2時間圏内を目安とし、その中で領域をまたいだ異動を行い、成長とキャリア形成の機会を提供します。
特に最近、ネガティブな側面ばかり注目されがちな転勤ですが、働く側にとってはさまざまな地域で多様な経験を積むことが成長につながり、そうした働き方を求める人がいるのも事実です。
「大切なのは、社員ひとりひとりが自身のライフステージや志向に応じて働き方を選べること。新制度の導入を機に、社員の皆さんには、自分にとってどんな働き方がベストなのか、最もパフォーマンスを出せるのはどんな働き方なのか、どんな働き方なら満足できるのか、といったことを主体的に考えてもらいたいと思っています」(松山氏)

								
								
											
											
											
											
											
