
前回、「資本・契約・場づくり」を同時設計することで、分散して生まれた「点」を「面」に編み直すことができると書きました。今回はその「面」をどこへ広げていくか、すなわち、成長空間をどこに求めていくのかを考えます。成長は単線ではありません。複数の視点と軸の掛け合わせで面を広げる発想が必要です。
【記事一覧】連載「2040年 ニッポン製薬新産業論」
3つの軸と7つの視点
成長空間の拡大を検討する際には、以下の3つの軸と7つの視点で考えるのが良いのではないかと思っています。

【軸1】顧客
視点1:地域
ASEAN、インド、中東といった新興市場のGo-to-marketやアクセス戦略(価格・物流・診療慣行の最適化)。海外で顕在化している市場にアクセスするものです。日本企業の海外売上高比率を鑑みると、まだ伸びしろがある領域だと考えています。
視点2:適応拡大
腫瘍横断(tumor-agnostic)、疾患早期ライン、予防・周術期、健康長寿(Longevity)、リポジショニング。
視点3:アンメットニーズ
疾患、副作用、コンプライアンス、ライフタイル…。潜在患者が抱えるアンメットニーズに加え、地域によっては保険適用の状況など「Non-medical」なアンメットニーズを検討しなければならないこともあるでしょう。また、先端のモダリティは臨床現場への負荷が大きく、製薬企業としては、患者はもちろんのこと、医療従事者もあらためて顧客としてとらえ直し、その困りごとを理解して解決を図る必要が出てきています。
【軸2】技術
視点4:製品
剤型変更、新規モダリティ、コンビネーション製品。第2回の記事で書いた通り、多様なモダリティやそれらの組み合わせが急速に実現されています。
視点5:標的
疾患パスウェイ、作用機序(MoA)、分子/タンパク。バイオロジーや疾患の理解に向けた研究を進めるなかで、臨床応用につながる新たな着想を得ることができます。
【軸3】仕組み
視点6:ビジネスモデル
アウトカム連動(バリューベースドヘルスケア=VBHC、リスクシェア)、B2C/D2C。社会保障費の増大という課題に対し、成果報酬型のプライシングや、保険の枠外でのモデルを検討するケースも出てきています。
視点7:新規事業軸
医薬品以外の事業。Beyond the Pill/Around the Pillとも言われる領域。CDMO、診断、データ事業、など新しい事業領域に目配せすることで、創薬事業へのフィードバックを得られます。
RLTを例に
例として、放射性リガンド療法(RLT)に集まる資本と適応拡大の動きを見てみます。
ここ最近、RLTに大型の投資がなだれ込んできています。米イーライリリーは同ポイント・バイオファーマを約14億ドルで買収し、RLTに本格参入。同ブリストル・マイヤーズスクイブはレイズバイオを約41億ドルで買収し、注目の放射性核種アクチニウムを活用したプラットフォームを取得しました。一方、スイス・ノバルティスの「プルヴィクト」は、転移性去勢抵抗性前立腺がんで化学療法前への適応拡大が米国で承認され、対象患者の裾野が広がりました。
これらの動きを3つの視点と7つの軸に当てはめてみると、「製品×適応拡大×ビジネスモデル」が同時に前進し、面として広がっていることを意味します。RLTは、医薬品+放射性同位体の供給+核医学診断の複合ビジネスモデルであり、製剤とサプライの設計が価値の源泉です。日本企業にとっても、放射性同位体の供給や製造の「共用GMPモジュール」の設計は参入余地があると見ています。
「分散」する点を「再編」で面にし、「新生」によって重層的に広げていく。分散→再編→新生は、日本の医薬品産業が2040年に向けて再び世界で輝くための三段跳びです。次世代の成長は、戦略の美文ではなく、今日の具体的な一手から生まれます。思考を際限なく広げ、実現に向けた取り組みを一つひとつ行っていくことが、未来を切り拓いていくのではないでしょうか。
(連載おわり)
| 増井慶太(ますい・けいた)インダストリアルドライブ合同会社CEO、BAIOX株式会社CEO。ヘルスケアやライフサイエンス領域の投資運営、M&A仲介、カンパニー・クリエーション、事業運営に従事。東京大教養学部卒業後、米系経営戦略コンサルティング企業、欧州製薬企業などを経て現職。
ウェブサイト:https://www.industrialdrive.biz/ |




