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ニュース解説

国立大学病院の経営「過去最大の危機」新薬開発への影響懸念

更新日

穴迫励二

国立大学病院の経営危機が深刻化しています。全国42病院の2025年度の損益は、人件費・光熱水費の上昇や高額医薬品の使用増により400億円超の赤字になる見込みです。日常診療だけでなく、新薬の治験にも支障を来す懸念が出てきました。

 

 

25年度は400億円超の赤字見込み

国立大学病院長会議がまとめた25年度の収支見込みによると、赤字病院の数は24年度(速報値)から8病院増えて33病院に拡大。赤字額は286億円から120億円程度増加する見通しです。診療報酬の引き上げによって収入は増えるものの、支出の伸びがそれを上回り、収益が悪化する傾向が続いています。

 

支出を項目別に見ると、最も大きい医薬品・材料費は4%(258億円)増の6778億円となる見通し。高度医療を担う大学病院では医薬品・材料費が医業収益に占める割合が43%と高く、ほかの設立主体を含めた全病院平均の22%を大幅に上回ります。医薬品費に限定すると12年度の2079億円が24年度には4065億円とほぼ2倍に拡大。高額医薬品が収支を圧迫する要因の1つになっています。

 

医薬品費は保険から支払われるとはいえ、高額医薬品が大部分を占める医療行為は利益率が低く、その割合が増えれば増えるほど全体の収益に影響を及ぼすといいます。

 

 【国立大学病院の医薬品費と材料費】〈年度/医薬品費と材料費の合計(億円)〉2012年/3,300(医薬品費2,000、材料費1,300)|2024年/6,200(医薬品費4,000、材料費2,200) ※国立大学病院長会議の記者会見資料をもとに作成。

 

診療報酬の大幅引き上げと緊急支援を要望

人件費の増加も著しく、25年度は6%(325億円)増の5785億円に膨れる見通しです。働き方改革や賃上げが経営の重しとなっているほか、物価高騰による医療機器の保守費などもコスト増につながっています。働き方改革は「残業時間が見える化されたことで、それにすべて賃金を払わなければならない状況」(大鳥精司会長=千葉大病院長)となり、ほとんどの病院で今年4月の診療報酬改定による引き上げ分を人件費の増加が上回る事態となりました。

 

大鳥会長は「国立大病院は過去最大の危機を迎えると言っても過言ではない」と強調。26年度診療報酬改定では11.0%の引き上げが必要だと訴え、所管する文部科学省に財政支援を求める考えを示しました。24年度の診療報酬改定は0.88%の引き上げにとどまっており、大幅な改定と補正予算による緊急対策が必要だとしています。日本病院協会など6団体も9月に厚生労働省に提出した緊急要望で、10%超の診療報酬引き上げと緊急支援を求めており、足並みがそろった格好です。

 

経営基盤なければ治験もままならず

病院経営の悪化は、老朽化した医療機器の更新に支障を来すほか、日常診療にも影響を及ぼしています。京都大病院の高折晃史院長は、高額医薬品を使用するCAR-T療法を例に挙げ、「(診療報酬で)処置料などもなく、治療のためには人員も必要」と現行の報酬体系では利益が上がらないと指摘。非効率なためCAR-T療法を制限する病院もあると話しています。

 

教育や研究に資源を配分できないことで、大学病院としての機能低下も憂慮されています。たとえば、京都大病院は治験病棟の運営が困難になると見ています。治験病棟は5年前にオープンし、現状ではまだ採算は厳しいといいますが、「患者数は徐々に伸びており、軌道に乗れば将来的には経営にも役立つし新薬開発にもつながる」(高折氏)ものの、「それには(強固な)経営基盤が必要であり、(現状では)運用するのは大変」(同)だといいます。

 

新薬開発の停滞も懸念されており、千葉大病院では「治験用に病院のワンフロアを開放することになるが、多くのマンパワーと設備投資が必要。経営的な基盤がないとそれが一切できない」と訴えます。

 

価格交渉も厳しく

医薬品の価格交渉もおのずと厳しくならざるを得ません。東京科学大病院の藤井靖久病院長は「病院長として大口の交渉には自ら出席する」と話しました。コスト圧縮効果は限られるものの「同種同効品はフォーミュラリ―で統一して安価な製品をクリニカルパスに組み込むなど、さまざまな対応を行っている」のが現状です。経営改善には患者数を増やすことが基本ですが、同院の病床稼働率は約90%で、上昇傾向にはあるもののコスト増に追いつかないのが現状です。

 

国立大学病院の経常損益を10年からたどってみると、19年までは縮小傾向ながら黒字を確保していました。新型コロナウイルスの感染が拡大した20~22年は国からの補助金によって一時的に潤いましたが、補助金が途中で廃止された23年度に初めての赤字に転落。コロナ禍以前から医薬品・材料費の増加は続いていましたが、働き方改革に伴う人件費増に物価高騰が重なり、この2~3年は急激に収支の悪化が進んでいます。

 

 【国立大学病院 経常収支の推移】〈年度/経常収支(億円)〉10年度/550|11年度/430|12年度/390|13年度/280|14年度/180|15年度/250|16年度/290|17年度/280|18年度/240|19年度/200|20年度/450|21年度/700|22年度/380|23年度/-60|24年度/-300|25年度/-450 ※25年度は見込み。国立大学病院長会議の記者会見資料をもとに作成。

 

同会議は病院に勤務する医療従事者の長期(1カ月以上)休業者の割合が増加傾向にあることも明らかにしました。厚労省の労働安全衛生調査では「医療・福祉」職種の長期休業者は0.6%程度ですが、国立大学病院では1.1%に達しています。同会議は、経営状況が悪化する中で職員の疲弊が進むことも懸念しています。

 

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