
アストラゼネカ日本法人が主導するオープンイノベーション・ネットワーク「i2.JP」が、2020年11月の発足から丸5年たちました。発足時7社だった参画企業・団体(パートナー)は、大手製薬企業、スタートアップ、地方自治体、アカデミアなど560に拡大。パートナー間のビジネスマッチングは年間130件に及びます。i2.JPはなぜ、これほど多くの参画を集めることができたのか。これまでの活動とその成果、今後の展望について、同社で運営を担当する劉雷さんと荻原麻理さんに話を聞きました。
すべてのプレイヤーにオープン、競合にも門戸
――i2.JPの目的や設立の背景をあらためて教えてください。
劉雷さん(イノベーションパートナーシップ&i2.JPディレクター):i2.JPが発足した当時、アストラゼネカは「イノベーションを通じて患者さんの人生を変えるリーディングカンパニー」というビジョンを掲げており、その大きな柱に「患者中心のビジネスモデルのパイオニアになる」ということを据えていました。現在、アストラゼネカは「トランスフォームケア(保健医療の変革)」を強く打ち出していますが、そうした当時のビジョンに呼応する形で立ち上がったのがi2.JPです。
荻原麻理さん( イノベーションパートナーシップ&i2.JPコミュニティマネージャー):私たち製薬企業のビジネスの根幹は革新的な医薬品を開発して患者さんに届けることですが、患者さんの医療体験全体からすると接点の1つに過ぎません。患者さんが医薬品による治療に到達するには、症状の認知、受診、適切な診断が必要ですし、治療の継続やその後のウェルネスまで含め、患者さんの一連の医療体験にはさまざまな課題があります。
ただ、それらを解決しようとするとアストラゼネカ1社だけではとてもできません。産官学の壁を取り払い、さまざまなプレイヤーと関わっていくことが必要だということでi2.JPというネットワークがスタートしました。
――運営はどのような方針で行っていますか。
劉さん:すべてのプレイヤーに対してオープンです。産官学、我々の競合である製薬企業に対しても広くドアを開けています。オープンイノベーションをうたっているので、基本的に制限は設けていません。アストラゼネカ以外のパートナー同士のビジネスマッチングもやりますし、パートナー同士の出会いの場となるような大小さまざまなイベントも行っていますが、そうしたものも含めて参加は無料です。来る者は拒まず、フランクかつフラットなネットワークとして設計しています。
荻原さん:i2.JPでは、▽「患者中心」の実現▽医療従事者への付加価値提供▽患者と医療従事者に貢献する新技術の発掘と育成▽医療システムの最適化――の4つのミッションを掲げています。これらに賛同していただけることが参画の前提です。
その上で、i2.JPではエクスペリエンスデザインという考え方を大切にしています。ソリューションベース・ソリューションドリブンではなく、患者さんや潜在患者さん、医療従事者の方々の体験における困りごとをベースにソリューションを考えていこうということです。そうした意味でソリューションの幅は無限大だと考えていますし、われわれは常にドアを広く開け、さまざまな可能性を議論していただくようにしています。

「パートナー候補がすぐそこにいる」という世界
――i2.JPはアストラゼネカとの協業を前提としていません。ビジネスにはどのようなメリットがあるのでしょうか。
劉さん:立ち上げ時には、自分たちが解決したい課題を掲げて皆さんからアイデアをもらうような形も含めて経営陣と議論しましたが、結論としては現在のような形がよいという判断になりました。
コミュニティの運営を通じてパートナー候補がすぐそこにいるという世界を作れば、われわれが解決したい課題が出てきたとき、新しいアイデアの実現にかかる最初の時間とお金をセーブできると考えています。これは、アストラゼネカのビジネスにとってはもちろん、参画するパートナーの皆さんにとってもメリットです。i2.JPでは、アストラゼネカが関わらないものだけでも年間130件のビジネスマッチングを行っています(2025年実績)。パートナーが560社・団体まで拡大し、われわれにとっても、パートナーにとってもベネフィットが感じられる世界になってきました。
荻原さん:コミュニティを日々運営していると、ありがたいことにパートナーの皆さんから「まずはアストラゼネカに相談してみようと思った」「検討中のソリューションについて、ワークするか意見交換させてほしい」といった声をかけてもらうことが多いです。新しいやり方を最初に知ることができるという点で、ビジネス上のメリットにつながっていると思います。
――コミュニティの運営では具体的にどのようなことをしているのでしょうか。
荻原さん:コミュニティの拡大に向けては、さまざまなオープンイノベーションのイベントに出向いて‘ソリューションハンティング’のような活動をしていますし、新たなプレイヤーに参画してもらうべく、事業会社も含めて外部の企業や団体の方々と日々コミュニケーションをしています。
もちろん、数が増えればそれでいいということではありません。アクティブなコミュニティを維持するため、ビジネスマッチングのサポートをしたり、イベントを行ったりもしています。過去に行ったビジネスマッチングイベントでは、大企業や自治体の方に自らの課題をプレゼンテーションしてもらった上で、課題ごとにグループを作って議論してもらうような企画も行いました。
さらに新しいイベントの枠組みとして、個々の課題をさらに深掘りしてアイデアにつなげていくようなイベントも始まっています。
劉さん:まだ実験的な段階ではありますが、具体的な事例としてアストラゼネカが福岡県直方市と行っている取り組みをご紹介します。ここでは、市が抱える医療課題をテーマにし、様々な業種の方が集まって課題を深掘りし、ソリューションを議論しています。単なるワークショップではなく、実現可能性の高そうなアイデアについては叩き上げて社会実装を目指していくつもりです。今後、ほかの自治体にも広げていけたらと考えています。
コミュニティ支える「熱量」
――アストラゼネカとパートナー、あるいはパートナー同士でどのような連携が生まれていますか。
劉さん:i2.JPが発足して以降、アストラゼネカとパートナーとのプロジェクトは90件に達しています。女性用個室トイレに生理用ナプキンを常備して無料で提供するサービスを展開しているオイテルとは、ナプキンのディスペンサーについているデジタルサイネージを使って卵巣がんの疾患啓発を行いました。卵巣がんは一般的ながん検診では対象になっていないこともあり、進行した状態で見つかることが多く、予後も悪い。好発年齢の女性に見てもらいやすいチャネルとして個室トイレのサイネージを活用し、早期受診やかかりつけの婦人科医を持つことの重要性を啓発しました。
荻原さん:パートナー同士のプロジェクトでは、MeracleというシンガポールのスタートアップがイメージングCROのマイクロンと連携して吸入補助デバイスを日本でローンチした事例があります。Meracleのデバイスは、吸入器と組み合わせて使うことで薬をきちんと吸入できているかアプリで確認することができるものなのですが、言葉や規制が異なる日本にどう参入していいのか悩んでいました。そこで、海外の医療機器スタートアップの支援を行っているマイクロンを紹介したところ、同社が日本の販売代理店としてサポートすることになり、昨年、日本市場でのローンチを果たしました。
――i2.JPが560という多くの企業・団体の参画を集められた理由についてどのように考えていますか。
劉さん:私は以前、コンサルタントをしていたんですが、そのときにコンソーシアムの運営や立ち上げをいくつか経験しました。コンソーシアムというのは、明確な目標に対して参加企業がリソースを提供してプロジェクトの完遂を目指すという堅い集合体ですが、それだとしんどくなるので、緩くふわっと皆で集まりましょうという設計にしました。
実は、今は立ち上げ当初のように新しいパートナーを獲得するために活動するというよりも、そこを土台にコミュニティとしてどんなコンテンツを作っていくかということにフォーカスしています。コンテンツは求心力を発生させる1つの魅力だと考えています。加えて、われわれが提供するメンタリングやマッチング、壁打ちといったところにスタートアップが価値を感じてくれているようで、今は口コミでパートナーが増えていっている状況です。実際、パートナーのおよそ半数はスタートアップ企業が占めています。
荻原さん:スタートアップの方々が大企業とつながれる機会として価値を感じてくれているのはもちろん、大企業にとってもこうしたネットワークに参加できることはプラスになっていると思います。参加は無料ですし、手間のかかる作業をお願いすることもありません。ハードルを非常に下げているので、どのプレイヤーにとっても参画しやすくなっていると考えています。
劉さん:コミュニティは熱量を投下しなければ生き続けられません。結局のところ、コミュニティの熱量は運営担当者の熱量に紐付きます。担当者が強いミッション意識を持ち、パートナーのために、パートナーとともに動けるかどうか。熱量を投下してきたことで、コミュニティとしてある程度期待以上の成長ができているのだと考えています。
荻原さん:コミュニティに入ると、それまで見えていなかった視点が得られたり、予期していなかったつながりが見えたりします。そうすると「次も体験したい」「ほかの人にも分けてあげたい」「自分はどう貢献できるだろう」と伝播していくと思うので、そうしたことが生まれるようなコミュニケーションに努めています。特にコロナ禍が収束して以降、エリアを問わずイベントが増えている中で、いかに選ばれるイベントにするか、皆さんに熱量を持って参加してもらえるイベントにするか、1つ1つの企画についても工夫しています。
「トランスフォームケア」を推進
――5年の活動でどのような手応えを感じていますか。
劉さん:5年間でアストラゼネカが関わるプロジェクトが90件生まれ、その中からスケーラビリティがとれそうなものが片手で数えられるくらい出てきています。まずは小さく始めてワークするか検討し、アジャイルにどんどん方向転換していくという形で進めていますが、新しいソリューションの検討としては比較的いい打率なのではないかと思い、手応えを感じています。
コミュニティとしては、規模が拡大しているということはもちろん、認知が高まったことで公的事業からも声がかかるようになってきました。自治体などからセレクトパートナーとして認識されるようになってきたことにも手応えを感じています。
荻原さん:大阪府で昨年、「中之島クロスグローバルスタートアップゲートウェイ」という事業が立ち上がり、その中のアクセラレータープログラムにアストラゼネカも採択されました。日本の有望なスタートアップの海外展開を支援するもので、最終的に選ばれた3社には英国のライフサイエンス・エコシステムを訪問する機会を提供します。現在は、応募の中から選ばれた16社に対してメンタリングを行っているところです。
――i2.JPの活動を今後どのように発展させていきたいですか。
劉さん:アストラゼネカが掲げるトランスフォームケアをさらに推進していきたいです。せっかく560もの企業・団体が参画する巨大なコミュニティができたわけですから、トランスフォームケアを進めるような大型のプロジェクトや業界横断的なコンソーシアムにチャレンジしていきたいと考えています。
コミュニティとしては地方自治体との連携を増やしていきたいですし、海外のエコシステムとの連携も進めていきたいです。これまで国内での活動がほとんどでしたので、海外エコシステムとのコラボレーション、スタートアップのアウトバウンド・インバウンドはコミュニティの1つの成長の方向だと思っています。
荻原さん:われわれのコミュニティだけでできることも限られていると思うので、いろいろなエコシステムの力も借りながら一緒に価値の最大化を目指していきたいです。オープンイノベーションなどで、手をつなげる部分は手をつないでいくという取り組みをもっと広げていけたらと考えています。
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