
2024年の元日に石川県能登地方を襲った大地震。能登半島の付け根、宝達志水町にある参天製薬の能登工場も強い揺れに見舞われました。
「供給は止めない」発災2日後から活動
「経験したことのない大きな地震でした。その日、工場は休みで、私も自宅で過ごしていましたが、大津波警報が出たので慌てて高台に避難しました」
そう話すのは能登工場の定免牧人(じょうめん・まきと)工場長。それでも地震発生から3時間後には工場へと向かいました。「工場周辺には住宅も多く、火災が心配でした。年始休暇中にもかかわらず、私以外にも2人の社員が駆けつけてくれました」。能登工場は、グローバル供給も含めて参天製薬の生産の6割以上を担う基幹工場。「長期間の稼働停止は避けなければならない」。そんな思いで被災状況を確認して回ったと振り返ります。
幸いにも社員は全員無事でしたが、工場は一部の建物や設備が被害を受けました。復旧に向けた作業を始めたのは1月3日。余震が続くなか、有志の社員が集まりました。
「完成した製品の供給が先決」(定免さん)と、まず取り組んだのは倉庫機能の回復です。高さ20メートルの倉庫は落下物で足の踏み場もありませんでしたが、地元のとび職のサポートも得て復旧を進めていきました。「全品を点検し、品質保証部門が問題ないと判断した製品から出荷していきました」と定免さん。QCラボや包装施設の機能回復も急ぎ、1月末には充填済み製品の包装も再開。「全員が『供給を止めない』という一心でした」。

【上段】被災時の第3棟倉庫(左)と第2棟包装エリア(右)【左下】復旧作業はヘルメットを着用し、2人1組で実施。日ごろの防災への備えが役立ったという【右下】復旧作業中は情報共有を徹底。滋賀で働く社員も応援に駆け付けた(すべて参天製薬提供)
一部を除く製造施設の機能を回復し、生産ラインの稼働を再開したのは24年3月。「充填工程の無菌保証に時間を要しました。これまでの設備導入で経験は積んでいましたが、9ライン同時の対応は前例がありません。手戻りがないよう注意してスケジュールを組み、日々情報を共有しながら作業を進めました」(定免さん)
普段は交代勤務ではない設備部門のエンジニアも、特別なシフトを組んで対応。品質部門は「どんなに早く生産を再開したくても譲れないラインがある」としつつも、最終保証で後戻りせず済むよう、段階的に検証を進める方法を検討しました。各部門が早期復旧に知恵を絞り、最後に残った1ラインも24年10月に生産を再開。現在では在庫状況も元に戻っています。

【左上】現在の第3棟倉庫【右上】第3棟の包装エリア。被災当時は蛍光灯が落ちていた【左下】現在の食堂。当時は食料の調達が難しく、社員のために優先して復旧したという【右下】話を聞いた定免工場長(右下は参天製薬提供)
年間3億本を生産
能登工場は、豊富な水源と広大な土地を有する旧志雄町(しおまち)に1985年に開設。敷地内の井戸からくみ上げた地下水を精製し、点眼薬の原料としています。
生産品目は医療用点眼薬約70品目、一般用点眼薬約40品目で、生産数は年間約3億本。点眼薬の工場としては世界最大規模を誇ります。現在、メインで生産を行っているのは1996年に建てられた製剤第3棟で、医療用の点眼薬を年間2~2.5億本生産しています。
製造には、ブローフィルシール(BFS)と呼ばれる、容器の成型と薬液の充填を同時に行うことのできる機械を使います。参天が02年に独自開発したディンプルボトル(くぼみを持つ点眼薬容器)もこの機械で製造します。

【左上】ディンプルボトル。特徴的なくぼみによって持ちやすさ・点眼しやすさを実現している。能登工場で生産する医療用点眼薬の6割がこのボトル。患者自身が使用開始時に中栓に穴をあけるボトルパックと異なり、製造過程で穴あけを行う【右上】BFSの機械(ボトルパック用)。機械中央に金型と充填機がある【左下】BFSで充填した製剤はシート状(写真はサンプル)。1本ずつ切り離してからキャップを取り付ける【右下】キャップをつける前の検査確認
別の製剤第2棟ではOTC医薬品やミニ点眼を製造しており、今回の取材ではOTC製品のラインを見せてもらいました。外部で成形した容器に薬液を注入したあと、中栓とキャップを取り付けるラインで、1分間に200個製造できるといいます。防腐剤フリーの使い切り製剤はBFSで製造しています。

【左上】能登工場で生産しているOTC製品(容器サンプル)【右上】第2棟のOTC製品の充填工程。青いホルダーで容器を支えて直立させ、エアー洗浄や薬液の注入を行う【左下】第2棟包装ライン【右下】第2棟の倉庫
次世代に向けて
能登工場では、多くのラインで7日3シフトの生産体制を組んでいます。90年代に積極的に採用を行ったこともあり、50代以上の社員が約4割を占めています。
定免さんもそのころに入社し、数年間の滋賀(=滋賀プロダクトサプライセンター、滋賀県多賀町)での勤務を挟みながら、能登工場でキャリアを重ねてきたそう。「能登工場は基幹工場として、滋賀や中国に多くの人材を輩出してきたと自負しています。この先も参天製薬の発展に貢献し続けたい。これからを引っ張ってくれるリーダーとなる若手・中堅の育成や還元にも力を入れています」。
育成では、ステージに応じた研修のほか、たとえば、昨年は奈良の研究拠点(=奈良研究開発センター、奈良県生駒市)と連携し、製品の開発の経緯や製剤の特性を研究者から直接聞く機会なども用意。「製品や機器について知っておくことで、トラブルや品質のリスクが想像しやすくなる」と定免さんは話します。
地震被害から最後に復旧した充填ラインは、設備面の欠陥になかなか気づけず、品質保証に時間を要したといいます。「導入したメンバーがいない古い設備だったことも影響していました。真因にたどり着くには、設備や製品を深く理解しておく必要があります。地震でそうしたことに気づかされたのも、こうした取り組みをはじめたきっかけです」。過去の逸脱など、失敗から体系的に学ぶ「失敗の科学」や、製造と品質の両部門が一緒になって改善の考え方を学ぶワークも行っています。

【左上】責任者クラスの社内研修の様子【右上】昨夏行ったイベントで作ったメッセージボード。社員が働く理由や意義をカードにしたためた【下段】休憩室。左がリニューアル前、右がリニューアル後。空間デザインには若手メンバーが積極的に参加したという(右上を除き参天製薬提供)
設備面では最近、休憩室を開所以来初めてリニューアル。利用する社員たちが予算の中で空間をアレンジしました。「昨夏は大掛かりな工事を終えたあとに慰労会も行いました。日々、需要に応えるために全力で走り続けている分、遊び心のあるイベントを行うなど、コミュニケーションも工夫しています」(定免さん)
「能登半島地震でBCPリスクが明らかになったとはいえ、能登は今後も主力工場としての貢献が期待されています。老朽化した設備の更新が迫るなか、限られた労働人口を考えると、自動化・省人化、さらにはDXにも取り組んでいく必要がある」と定免さん。次代のものづくりを志向し、さらなる進化に取り組みます。

AnswersNews編集部が製薬企業をレポート
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