
siRNA製剤を手掛けるアルナイラム・ジャパンが開発組織の強化を進めています。主力製品の「アムヴトラ」のトランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)への適応拡大を皮切りに、より対象患者数の多い疾患へとパイプラインが広がる中、開発部門の人員を増強していく方針です。開発本部長兼薬事部長の嶋崎寿美代氏に話を聞きました。
| 嶋崎寿美代(しまざき・すみよ)2006年からノバルティスファーマで製品開発・薬事業務などに従事。14年からファーマ薬事部長、18年から薬事統括部長を務め、再生医療等製品をはじめとする医薬品開発の薬事戦略立案、承認取得をリード。23年に同社を退職し、サンファーマ薬事部長を経て24年4月にアルナイラム・ジャパン開発本部長兼薬事部長に就任。 |
「アムヴトラ」ATTR-CM適応拡大、導入は順調
――今年6月、「アムヴトラ」(一般名・ブトリシラン)がATTR-CMに適応拡大しました。臨床現場からは現在どのような評価を受けていますか。
アルナイラムが手掛けるsiRNA製剤は、RNA干渉という生体内に備わる遺伝子制御のプロセスを応用したものです。標的のmRNAに特異的に結合し、切断することでタンパク質の合成を制御する仕組みで、遺伝子サイレンシングとも呼ばれます。コンセプトはとてもシンプルです。
アムヴトラは、肝臓でTTR(トランスサイレチン)の合成に関与するmRNAを標的としたsiRNA製剤です。ATTR-CMは、加齢や遺伝子変異によってTTRがアミロイド化し、心臓に沈着することで起こる疾患で、心不全の原因疾患としても知られています。アミロイドの形成過程で四量体のTTRが単量体に解離するのを抑える従来の疾患修飾薬に対し、アムヴトラは疾患の根本にアプローチします。
臨床試験では、主要評価項目である最初の心血管関連イベントまたは死亡のリスクをプラセボ群に比べて28.4%低下させており、単剤投与群では35.6%リスクを低減させました。さらに、9つの副次評価項目すべてで有意差を示しました。3カ月に1回の投与で済むため、アドヒアランス向上にもつながると期待しています。
アムヴトラの処方は認定を受けた施設・医師に限られますが、現在、全国に約137の認定施設があり、その多くで実際に処方されています。想定していたよりも順調に導入が進んでいると考えています。
――適応拡大によって対象となる患者層が広がりましたが、適正使用や安全監視の上での変化はありましたか。
アムヴトラの最初の適応は「トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー」(TTR-FAP)という遺伝性の希少疾患でした。対象患者数百人のTTR-FAPよりATTR-CMは患者が多く、国内に数万人いると推定されています。
施設数や患者数の増加を見据え、承認前からKAM(MR)やMSLを増員して適正使用や安全監視の体制を整えてきました。私が統括する安全性情報部との連携も強化しており、同部が提供するトレーニングセッションなどを通じてKAMが薬剤のプロファイルをしっかりと理解し、医師に最新の情報を提供できるよう取り組んでいます。
日本のみならず海外で得られた安全性情報をタイムリーに展開していくことを意識し、グローバルのリスクマネジメントチームとのやりとりもこれまで以上に密にしました。適応拡大から5カ月。幸いなことに重篤な安全性事象の報告はほとんどありません。安全性情報部そのものの人員は増強していませんが、情報の1次処理を担う外部ベンダーの対応人数を増やし、効率的な運用を目指しています。
ジルベシラン、P3参加は欧州より先行
――2018年にアルナイラム・ジャパンが発足してから、24年4月に嶋崎さんが入社するまで、日本には開発本部長に相当するポジションがなかったそうですね。
アルナイラムは日本を重要国の1つと考えています。成熟したマーケットがあることはもちろん、開発の立場から見ると、早くからICHの3極の一角として国際的なハーモナイゼーションを推進してきた規制当局が存在することも大きいでしょう。だからこそ、日本でもグローバルとの同時申請・同時承認を目指しています。
とはいえ、日本独自の規制はありますし、治療に対する医師の考え方や患者さんの置かれた環境も海外とは異なります。日本の患者さんにとって最もいいプロファイルを持った薬を迅速に開発していくためには、日本の組織を強化していく必要があるとグローバルが判断し、私はそのためにアルナイラムに来たと思っています。
日本法人を立ち上げたばかりのころは、まずグローバルの意思決定を伝達・遂行する組織をつくることが急務だったと思います。いくつか製品を上市する中で企業としてのフェーズも変わり、今は日本独自の開発戦略を議論し、日本からグローバルにインプットできる組織へと変化しつつあります。1の質問に5も10も回答する勤勉さや、目標症例数を必ず守るといったコミットメントの高さでグローバルの信頼も獲得できています。

嶋崎開発本部長兼薬事部長
それを象徴するのが、高血圧を予定適応とするジルベシラン(一般名)の開発でしょう。今年、アルナイラムとして過去最大規模となる1万例以上の登録を見込む臨床第3相(P3)試験を開始しましたが、日本は米国の次に試験に参加しました。これまでは米国、欧州、カナダに続くことが多かったのですが、今回はクイックな立ち上げを実現できました。
同薬は、アンジオテンシノーゲン(AGT)を標的とするsiRNA製剤で、半年に1回の投与が可能となることが大きな特徴です。毎日服用する薬が多い高血圧の領域で、患者負担を軽減できると期待しています。
アムヴトラの後継品であるヌクレシランも、グローバルで実施中の2つの国際共同治験に関する治験届を国内で提出しました。標的特異性を高めることで6カ月に1回の投与を実現しており、TTR-FAP とATTR-CMを対象に開発を進めています。
ジルベシランとヌクレシランについては同程度の重みづけで試験を進めており、いずれも世界同時申請を行う方針です。
人員増強に着手
――グローバルのパイプラインを見ると、神経領域などにも開発領域を広げています。
アルナイラムは、体内で分解されやすく、オフターゲット作用の懸念があったsiRNA製剤を、肝細胞への特異的な送達技術によって世界で初めて実用化した会社です。これまでは肝臓を中心に製品群を広げてきましたが、現在はさらに幅広い疾患や臓器へと対象を拡大させているフェーズで、高血圧やアルツハイマー病、ハンチントン病といった疾患に対して製品の開発を進めています。

冒頭でも話した通り、核酸医薬のコンセプトはとてもシンプルです。もちろんデリバリープラットフォームの工夫は欠かせませんが、ターゲットとなる塩基の配列が特定できれば、多くの疾患や治療領域に応用できる可能性があります。私自身、ノバルティスでインクリシラン(製品名・レクビオ、アルナイラムが創製)の開発に携わりましたが、高い治療効果が見込める一方、低分子の規制の枠組みで扱えるため、製造やサプライのハードルが低い点にモダリティとしての魅力を感じました。私がアルナイラムに入った理由の1つは、siRNA製剤の可能性を自分自身で探索したかったからです。
――グローバルでは、今年末までには9つのパイプラインについて臨床入り、またはそのめどをつけるという目標を掲げています。日本はどのように関わっていきますか。
日本がどの薬をいつ導入するかは疾患や製品にもよりますが、基本的に海外と同じタイミングで提供していくことを目指したいです。品目の増加に合わせて国内の開発人員の増強を始めており、将来的にはファンクションを増やしていくことも視野に入れています。
いまは比較的小さいサイズの組織で物事を進めていることもあり、担当領域を超えて開発全体の戦略を多面的に考えられる力が必要です。あらゆる場面に対応できるアジリティの高い人材とともに組織作りを進め、国内戦略をグローバルにインプットしていきます。
より広い視点で見ると、これから一般疾患へ拡大していくにあたっては、siRNA製剤のコンセプトをより多くの人に知ってもらうことが欠かせないと感じています。より安心して使ってもらえるよう、そうした活動にも力を入れていきます。




