
製薬業界でも推進の動きが活発化するDX。多くの時間とコストを要する研究開発でも、AIをはじめとするテクノロジーの活用に期待が高まっています。ただ、一部企業で先進的な取り組みが行われている一方、高い専門性が求められる領域なだけに業界全体としてはなかなか目に見える成果に結びついていないのが現実。DXを進めるには、R&D部門とDX/IT部門の連携が不可欠ですが、PwCコンサルティングが今年4月に行った調査によると、双方とも相手との連携に必ずしも満足していない現状が浮かび上がりました。
R&D部門、DX/IT部門との連携に「やや不満」
PwCコンサルティングが内資と外資の製薬企業17社40人(R&D部門27人、IT/DX部門13人)に行ったアンケート調査によると、相手部門との連携に対する満足度はR&D部門が5点満点中2.0点、IT/DX部門が3.4点でした。いずれも満足度が高いと言えず、特にR&D部門から見ると「やや不満」という結果になりました。

連携満足度は互いの信頼関係を左右します。「これまで数十人でやっていたことが数人でできそう」「研究開発の期間を数カ月短縮できそう」など、連携によって生まれる成果をPoCで検証できていたり、双方の共通認識として持てていたりする企業では信頼関係が見られるようです。ただ、PwCコンサルティングの大森健パートナーによると「多くの企業はまだその段階にない」のが現実。回答者からは、アンケート結果に対して「低い信頼関係で成り立っているこの現状をどうにかしなければならない」といった声も聞かれたといいます。
満足度の低さを生んでいるのが、互いへの期待と現実のギャップです。
R&D部門からIT/DX部門に期待することとして多く挙がったのは、「技術で解決できる課題の特定・発見に向けた相談」(55%)や「新しい技術とその活用方法の紹介」(44%)で、これらに関する相手部門への満足度は中程度。「部門をまたいだ社内横展開の情報共有」(44%)や「R&D部門の業務への理解」(40%)にも期待が寄せられましたが、こちらの満足度は低レベルにとどまりました。技術情報の提供には一定の満足度が得られている一方、専門性が高く複雑なR&Dの業務を深く理解し、部門をまたいだ技術導入につなげるところには改善の余地が大きいと言えます。
一方、IT/DX部門からR&D部門への期待は「インパクトの高いユースケースの特定」(83%)に集中していますが、相手部門への満足度は低いという結果になりました。多くの企業でユースケースの特定はR&D部門に委ねられているものの、R&D部門だけで解決策やそのインパクトの大小を判断し切れていないことが示唆されます。「R&D部門の戦略の共有」では一定の満足度があることを踏まえると、全体的な戦略は伝わっている一方で、そこからさらに踏み込んだ理解や議論に至るにはやや距離があると言えそうです。

橋渡し人材の必要性
大森氏は、ユースケースの特定に対する期待と満足度のギャップについて「R&D側に『AIではまだまだ現場に匹敵する精度が得られないだろう』という先入観もあるのか、ユースケースになりうる課題だと気付いていないこともある」と指摘。現場の経験があるからこそ起こることでもあり、「本質的な問題にたどり着くには、IT/DX部門も課題を聞きに行くのではなく、どんな業務を行っているのかを理解しに行かないといけない」と話します。
こうした課題に対して、一部企業では専任の橋渡し担当を置いたり、社内交換留学・社内副業などで業務への理解を促したりといった取り組みを行っています。それだけですぐに溝が埋まるわけではありませんが、中長期的な視点で考えると、橋渡しを担える人材をいかに育てていくのかはR&DのDXを進めていく上で重要なカギとなり得ます。
信頼関係を構築し、互いに連携した上でどんな成果を生み出すのか。DXの成果として重視することとして、アンケートでは「研究・開発期間の短縮」(85%)、「従業員の生産性向上」(77%)が多く挙がりました。R&D業務を加速させ、新薬をいち早く患者に届けることをDXの本丸ととらえていることがうかがえます。
現時点での達成度を見てみると、研究・開発期間の短縮は5点満点で2.2点、生産性向上は2.6点。生成AIによる定型業務の効率化など、比較的成果が見えやすい個人の生産性向上のほうがやや上回っているものの、全体としてはまだ道半ばです。

大森氏は「MR業務にマーケティングオートメーションが導入され始めたときも、当初は『MRの経験値で十分だから不要』という反応が大半だったが、今は共存が当たり前になっている」と話し、現在R&D部門で見られる反応も年月とともに変化するだろうと見通します。「精度も上がってくれば、データドリブンで代替できるところはそちらに任せ、それ以外のところに人的リソースを確保するという動きにもつながるだろう」とし、向こう5年ほどはそうした営みが必要なのではないかと言います。
DXの成果として「研究シード数の増加」を重視する人はまだ40%にとどまりますが、将来的にはDXでこうした研究開発の高度化を目指す動きも出てきそうです。大森氏は「先に活用が進む効率化・期間短縮で効果がでてくれば、それにとどまらない活用へのシナリオが作られるようになるだろう」と話します。





